追い出し部屋で目覚める人間
子供の頃、「追い出し部屋」というものが社会問題になっていました。日本では従業員を解雇する条件が厳しいため、企業側が解雇したい従業員を片っ端から集め、単純作業しかさせてもらえない部屋に押し込んで自主退職するまで待つ。その部屋が「追い出し部屋」と呼ばれていました。
ウィキペディアだと、ノルマをきつく設定した部署を作って、辞めさせたい従業員を片っ端から配置転換するなど、追い出すにもいろんな手法が用いられていたようです。
何しろ社会問題になるくらいですから、深刻な事態でございます。しかし、子供の私はそんなことなど知りません。だから、こんな感想も持ちました。「これのどこが苦しいのだろう」と。難しい仕事をやらされないどころか、簡単な単純作業をやるだけでお金をもらえるなんて最高じゃないかと思っていたんです。羨ましがる私を見て母は呆れておりました。
私がそう考えるのにも理由がありました。なぜか昔から単純作業が好きだったんです。母はチラシを一定の大きさに切って、裏紙をメモ帳として使っていました。私はそのメモ帳を作るのが好きで、溜めに溜めた半年分のチラシを数時間かけて黙々と作り、これまた母を呆れさせたものでございます。
大人になった私、いつ追い出し部屋に送り込まれてもいいように心の準備をしていたのですが、いつまで経っても出会う兆しがありません。噂すら聞かない。後になって知ったんですが、そんな部屋は基本的に大企業しか持たないようです。大企業に入れなかった私は、追い出し部屋に門前払いを食らったようなものだったんです。
それは当然の話でしょう。大企業に入るような方々なんて優秀ですし、みんなクリエイティブな仕事をしたくて入ってくるわけです。知恵を絞って新たなプロジェクトを成功させ、会社の業績をグングン上げる。そんな青写真を描いて入社してきた方々が単純作業ばかりやらされるから精神にダメージが及ぶわけで、最初から単純作業をする気満々な私みたいな人間は採用されるはずがないんです。よく分からないけど、たぶんそうです。
先ほど、試しに「追い出し部屋」で検索をしたところ、検索候補に「追い出し部屋 行きたい」とか「追い出し部屋 楽しい」とか、そういうワードがちょこちょこ出てきました。やっぱり同じようなことを考える方がいらっしゃるんですね。すぐにでも故郷の母に伝えたい事実です。
ただ、追い出し部屋なんて作るような企業が、私のように嬉々として単純作業に勤しむ無能を雇い続ける余裕があるとは思いません。そういう人間には別の手段を使って追い込むに決まっています。というか、追い出し部屋という手法自体、かなり昔のものですから、新たなやり方が開発されていても不思議ではない。
そう思ったら、「『追い出し部屋』はもう古い! リストラの最新手法」という記事が出てきました。
「〇〇はもう古い」という、流行最先端を表現する伝統的ワードが追い出し部屋にも使われるとは思いませんでした。この記事自体が2015年と、既に一昔前のものでございますけれども、自主退職を促す手段は未だにあれこれ編み出されているようです。
ただ、こんな記事も見つけました。
「追い出し部屋をやっても人員が減らない」と書かれています。戦力外通告をして追い出し部屋に追い込んでも、かえって会社にしがみついてしまうんだそうです。
中には単純作業の楽しさに目覚めてしまい、嬉々として追い出し部屋へ通うばかりで全然辞めない、私のような人間がいたかもしれません。小林一三の有名な言葉に「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ」というものがございますけれども、追い出し部屋に入ったがゆえに世界一のメモ帳制作者になってしまい、追い出し部屋に入れておくにはもったいない人材に化けた人もいたかもしれない。追い出し部屋の担当者は、さぞかし焦ったでしょう。「こいつ全然効かねえし、むしろ成長してるぞ。どうなってんだ」という戸惑いの声が聞こえて来るかのようです。
追い出し部屋にも流行はあり、流行の最先端だってある。そして、追い出し部屋にも失敗がある。なんか不思議な気もしますけど、それが現実のようです。