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AIがアホ趣味を自動化する

 ちょっとネットに詳しい人なら大体SNSを始めている時期だったと思います。当時、既に「SNSで出会った人と何かする」みたいな行為があちらこちらで起こっており、新しい事業を立ち上げる人から犯罪に巻き込まれる人まで、いろんな方々がチラホラとニュースになっていました。私もまたSNSで友人を作っていましたが、ビジネスをするわけでもなければ悪さをするわけでもなく、たまにファミレスや居酒屋で馬鹿話をするばかりという、毒にも薬にもならない交流をしておりました。

 そんな交流をしていた時でございます。当時の私、「嘘の名産品をでっちあげる」みたいな趣味を持っていました。例えば、こんな感じです。

この鶏肉は蓼科高原の雪解け水で育てた無農薬 古代米のみを与えて育てた蓼科地鶏で、良質な繊維を食べているため肉質が軟らかく、焼いた時に出る油は不飽和脂肪酸が豊富に含まれ、おいしい上に健康にもいい食材となっています。

 本当にたまに事実と一致してしまうこともありますが、まあ嘘です。徹頭徹尾、全部適当。コツは「それっぽい単語をそれっぽい文章で繋ぐ」でございまして、嘘っぽい嘘でよければいくらでも作れていました。今もこうやってアドリブでやれている辺り、腕は衰えてないのでしょう。衰えてくれて全然構わないのですが、とにかく現役です。

 その嘘解説を居酒屋で友人に披露していたんです。料理がテーブルに運ばれてくるたび、私が適当な解説をつけていた。大喜利と言えば大喜利なんですが、大喜利と違うのは「質を問わない」でございまして、とにかくそれっぽい嘘解説ができれば何の問題もありません。むしろ、お酒でグダグダになった脳味噌にはそれくらいがツボにはまるのか、友人たちは「何もそんなに」と思えるほどケタケタ笑っておりました。

 そんな中、友人のひとりが「ちょっとそれアップしていい?」と言ってきました。私の適当解説を画像付きで自分のSNSに上げたいというのです。適当な嘘にだって著作権はあるでしょうが、そんな権利を主張するのも面倒なくらいダラダラと垂れ流した嘘です。事実上のフリー素材として友人に提供したんです。

 料理は確か枝豆だったと思います。「上位0.5%にしか与えられない特Aランクを毎年得ている気仙沼枝豆で、地元では『緑のダイヤ』とまで言われる幻の品」。そんな感じの説明文を私がダラダラと口頭で説明し、友人がそれを携帯電話で入力します。別の友人はその光景を見て「バカ経文を口述する和尚と、それをメモする弟子みたいだ」と罰当たりな例えをしながら焼き鳥をつまんでいました。

 上記の嘘解説をご覧になってお分かりの通り、恥ずかしいくらい嘘丸出しの解説ございました。気仙沼と言えば漁港で有名なお土地柄ですし、画像に映ってる枝豆は器もテーブルも含めて居酒屋丸出しです。高級枝豆な感じは微塵もない。アップし終わった友人もまた「嘘つけ」のツッコミを待っている状態でございました。

 コメントはすぐついたんですが、内容が変なんです。みんな羨ましがってるものばかり。中には「こっちはチェーン店の牛丼ですよ」と嫉妬がくすぶっているコメントも。こりゃヤバいということになりまして、すぐさま友人は「嘘です、居酒屋の普通の枝豆です」と訂正記事を上げる羽目になりました。

 この出来事で私が学んだのは主にふたつです。ひとつは「人は思ったより簡単に信じる」です。特に、友人の食事みたいな、嘘だろうが事実だろうが自分には全然関係ない情報はとりあえず事実とする人が多かったんです。そして、もうひとつは「人は思ったより事実確認をしない」です。情報が事実かどうか調べない。SNSを見てるなら、すぐにでも検索できる環境のはずなんですが、それでもやらないんです。

 あとになって気仙沼には「気仙沼茶豆」という名産があると知りましたので、それが原因だった可能性はあります。

 たまにそういうことがあるんです。それでも「緑のダイヤ」と呼ばれている事実はないようですし、特Aランクって何だよって話ですけれども、枝豆の正しい評価基準まで人はいちいち調べないんです。

 最近になって、そんな当時の出来事を思い出させるニュースを知りました。英語版ウィキペディアが、GhatGPTのような生成AIで書かれた記事で荒らされまくっており、対策を余儀なくされているとのこと。

 生成AIの仕組みについてはよく分かりませんが、これはまさに私がやっていたことと同じです。「それっぽい単語をそれっぽい文章で繋ぐ」。生成AIは、それっぽい単語くらいいくらでも手に入るでしょうから、あとは「それっぽい文章で繋ぐ」ことができれば自動化システムは完成です。適当解説の生産工場ができたに等しい。そんな工場で生産された嘘解説をウィキペディアに出荷してるわけですね。

 先ほども書きました通り、人は思ったより簡単に信じますし、事実確認もあんまりしません。だから問題になっているわけですけれども、それはともかく私は思ったんです。私の趣味が全自動化されたじゃないかと。新技術はいいことにも、よくないことにも、どうでもいいことにも使われるようになって初めて世間に広まったと言えるでしょうが、まさにそれが起きている。生成AIは世間に広まった技術となったのでしょう。

 ところで、当時の私にはもうひとつ、頭の悪い趣味がありました。不思議な踊りの開発です。何だかよく分からない動きをダンスと称してグダグダやっていただけなんですが、当時は趣味と言い張っていました。居酒屋から出た私が路上で友人に披露しようとして、止められたことが何度かございます。「泥酔しててもスベるのが分かる」というのが友人の主張でしたが、他の人に迷惑が及ぶのを防ぐ目的もあったと思います。

 技術の進歩により、適当解説は自動化されました。残るは不思議な踊りです。適当な動きを自動で生成し、それをロボットに反映させる。今の技術でもやろうと思えばできるでしょう。あとはそれが世間に広まるのを待つだけです。

 ロボット業界もそんな期待されては困ると分かってるんですが、期待している自分がいます。

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