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笑いに関する名言集――変わり者?
何だかんだ名言はたくさんあるんです。だから、笑いに関する名言集がどこかにあるはずだと思ったんですけど、全然ないんです。じゃあ、笑いに関する名言がそんなにないのかと思いきや、調べたらちゃんとあるんです。それなら、まとめて名言集を作ろうと思い立ち、こうやってチマチマ活動しています。
ここでは笑いの名言を以下のみっつのどれかに当てはまるものとしました。
・笑いに関係する言葉が入っている名言
・笑いに関係する仕事をした人の名言
・笑う余地がある名言
今回は変わった名言を集めました。名言は非常に教訓的で立派なものや人生の機微をピタリと言い当てたものがある一方で、不思議な発言が名言集に入っているんです。その名言たるや、変わった人が変わったことを言っているだけなんじゃないかと思えるレベルなんです。
もちろん、何をもって変わっていると判断するかは人それぞれです。変わっていると感じているのは私だけで、世間的には真っ当なことを言っているのかもしれません。ただ、分かりやすく不思議なことを言っている名言を集めたつもりなので、変わり具合をある程度はご理解いただけるかと存じます。
まずはこちら。
亀の肉がさまざまな味わいを持っているのと同じく、結婚もまたいろいろと変わった味を持っている。そして、亀が歩みののろい動物であると同じく、結婚もまた足どりののろいものである。
セーレン・キェルケゴール(1813-1855)
キェルケゴールはデンマークの哲学者でございまして、人間の存在を哲学の中心に置く思想「実存主義」の創始者または先駆けと見なされています。
見ての通りこの名言は結婚について語っているんでございますけれども、それはさておき「キェルケゴール、カメ食ってんのかよ」でございます。亀の肉の前には全ての意味が吹き飛ぶ。それだけの単語なんです、亀の肉は。
ここで気になるのは、亀を食べるのがデンマークでは当たり前だったのか、それともキェルケゴールの中だけで当たり前だったのか、という点です。とりあえず、何となく調べたところ、ヨーロッパヌマガメという亀は食用にされることもあったとの記述がウィキペディアにありました。しかも、「絶滅した分布域」にはデンマークが入っている。
デンマーク人が食べきったのか、キェルケゴールが食べきったのか。これは調べれば調べるほど謎が増えるパターンですね。謎ばかり追っていては先に進みませんので、次の名言に移らせていただきます。
続いてはこちら。
私は卵がこわい。こわいどころの騒ぎじゃなくて、むかむかしてくるのだ。穴のあいていないあの白くて丸いもの。卵の黄身が破れて黄色い液体がこぼれ出てくる時ほど不快な光景を見たことがあるだろうか。血液は陽気な赤色をしている。けれども卵の黄身は黄色くてむかむかする。食べたことなど一度もない。
アルフレッド・ヒッチコック(1899-1980)
ヒッチコックはイギリスの映画制作者でございまして、サスペンスやスリラーで革新的な技法を使ったことから、「映画史上最も影響力のある映画監督のひとり」とも「サスペンスの巨匠」とも「スリラーの神様」とも言われています。
そんな怖い映画を作りまくったヒッチコックが、なぜか卵にやたらビビっているんです。怖さを通り越してむかむかしてくるところも含めて、独特な感覚でございます。
どうしてそんなに卵がダメなんでしょうか。軽く検索した感じでは原因がよく分かりませんでした。ただし、ウィキペディアのヒッチコックの項目に興味深い記述がございました。
父親が野菜や果物、そして鶏の肉の卸売業をしていたんです。つまり、ヒッチコックの幼少期は、他の子供より卵との接点が多い可能性がある。幼少期に何かあったことをうかがわせます。
まだあります。ヒッチコックが11歳の頃、イエズス会の学校に入学したのですが、そこは教師がゴム製のムチを使って生徒をビシビシやる厳しい校風だったそうです。当然、ヒッチコックはかなりの恐怖を覚えたそうですが、一方で司祭館の鶏小屋から卵を盗んで宿舎の窓に投げつけていたそうです。「バリバリ卵使ってるやんけ」とも言えますし、「こういう経験が卵の恐怖に繋がったのかな」と推測できるとも言えます。もしくは、既に卵への恐怖が形成されていたからこそ、宿舎に投げつけてやろうと思い立ったのかもしれない。いずれにしろ、これも謎が増える一方です。今回は謎に構わず、ひたすら突き進んで参ります。
続いての名言はこちら。
大ばくち 身ぐるみ脱いで すってんてん
甘粕正彦(1891-1945)
甘粕正彦は日本の軍人で、満州国建設に深くかかわった人物として知られます。大杉栄らを殺害した、いわゆる「甘粕事件」を起こした人物とされています。
甘粕は終戦時に自ら命を絶っておりまして、上記名言はいわゆる「辞世の句」として知られています。
甘粕の生涯は謎が多く、軍国主義者として恐れられていた一方で、紳士的な人柄であったとされ、そのためか事件当時から真犯人が別にいるのではないかとまことしやかに言われていたようです。また、ユーモアもあったとも言われており、その一端が上辞世の句に出ていると評される場合もあるとか。
確かに、辞世の言葉としてはかなり変わっているように見えます。無念さや悲観的はあるにはあるんですけれども、事情を知らないと辞世の句とは思えない。最期の時を迎えても、どこかユーモアがにじみ出ている印象を受ける。この不思議な感じが、謎の多い生涯にも繋がっているのかと思えるほどです。
有名な偉人でも変わった言葉を残しています。
こんな大きな火事にお目にかかる機会はめったにないから、じっくりと見ておくがよい。
トーマス・エジソン(1847-1931)
ご存じ発明王エジソンはアメリカの発明家でございまして、蓄音機や白熱電球、活動写真など数多くの発明や技術革新を達成した人物でございます。
上記名言は自身の研究所が火事になった際、わざわざ家族を呼び寄せて発した言葉とのことです。桁違いのポジティブさと申しますか、意地でも元を取る根性と申しますか、こうでもならないと発明王にはなれないんだと痛感させられる一言です。
ちなみに、燃え上がる研究所を家族と鑑賞しながら、エジソンは既に再建計画を考えていたそうです。さすが発明王。
続いてはこちら。
アメリカと戦争しないと約束してくれるのなら、ひと晩抱かれてもいいわ。
チッチョリーナ(1951- )
チッチョリーナことシュターッレル・イロナはハンガリーで生まれ、イタリアで活躍している女優でございます。最も特徴的な経歴は、ウィキペディアにも書かれています通り、ちゃんとした選挙によって国会議員に当選した世界初のハードコア・ポルノ女優という点です。
上記名言は1990年、湾岸戦争を控えたイラクで大統領だったフセインに向けて発した言葉でございます。政治的なものと性的なものが入り混じった言葉になっているのは、特異な経歴を持つチッチョリーナだからこそと言えます。
ちなみにチッチョリーナは政界引退後、「アルカイダ」の初代司令官だったビン・ラディンに対してこう呼びかけています。
私のおっぱいはいつも人助けしてきたけど、あなたは罪のない人を殺してきた。
チッチョリーナ(1951- )
この言葉からも、とにかく姿勢の一貫性がうかがえます。
今回は次の名言が最後です。
手の上ならば 尊敬のキス
額の上ならば 友情のキス
頬の上ならば 厚意のキス
唇の上ならば 愛情のキス
閉じた目の上ならば 憧憬のキス
掌の上ならば 懇願のキス
腕の上ならば 欲望のキス
さてそのほかは みんな狂気の沙汰
フランツ・グリルパルツァー(1791-1872)、「接吻」
この名言、出典の本だとシュニッツラーになっているんですが、ネットで調べるとことごとくグリルパルツァーの名言だと書かれているんです。正解がどちらなのか私には分かりませんが、グリルパルツァーの名言としている人が圧倒的に多いですし、その文章が載っている作品名も記されている。というわけで、グリルパルツァーの名言としました。
グリルパルツァーはオーストリアの劇作家でございまして、詩などの作品も残しています。
ちなみにシュニッツラーもオーストリアの劇作家でございまして、小説家や医師としての活動も知られています。
名前や経歴が薄っすら似ているから、そっち方面の文学に詳しい方はごっちゃになりやすいのかもしれませんね。
さて、グリルパルツァーの名言でございますけれども、とにかくキスについていろいろ語ってるんです。熱く語っていると言っていい。語ってるのはいいんですが、散々いろんなキスについて語り、それに当てはまらないものは「みんな狂気の沙汰」と言い切ってしまっているところがポイントです。だとすると、あんなところにするあの人はおかしいということでしょう。
世の中、いろんな人がいますね。ちなみに、シュニッツラーは結婚しましたが、グリルパルツァーは生涯独身だったようです。その点からも、グリルパルツァーのほうが書いてそうな気がしてくるのは偏見というものでしょうか。
◆ 今回の名言が載っていた書籍