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振り返ってようやく変さに気づく

 当時も変に思っていたけど、改めて思い返してみるとより一層変に思うことはありませんか。

 例えば、子供の頃に聞いた話ですけれども、その昔、おねしょに悩んでいる子供がいたそうです。あまりにも治らないので憂鬱な日々をすごしておりますと、祖母が「これを食え」と言って何やら焼いた肉を食べさせた。何の肉かと聞くと「スズメの肉だ」との返答が。食べ慣れていない肉ではありますが、確かに鳥っぽい肉で食べられなくはない。そんなわけで子供は来る日も来る日もスズメの肉を食べているうちにおねしょをしなくなり、やがてスズメも食べなくなりました。

 それから月日は流れ、祖母は亡くなり、父親からこんな話をされます。祖母がスズメと称して食べさせていたのはアカカエルだったんだと。昔からアカガエルはおねしょに効くと言われていたが、カエルの肉だと正直に言っても食べるわけがない。だからスズメと嘘をついていたんだと。

 それを聞いた孫の反応は全く覚えていませんが、当時ですら思いました。カエル食わせてんのかい、と。更に、アカガエルはおねしょに効いて、しかもスズメと言って食わせてもバレないくらいには鳥っぽい肉なんだという無駄な知識までセットで覚えてしまった。

 というか、食べやすくするための嘘として出したのがスズメというのも、今から考えれば微妙です。「じゃあ食ってみようかな」ってなる動物でしたっけ。同じ鳥にしたってもうちょっとなんかありそうなもんじゃないですか。

 この話、調べてみたら「ねしょんべんものがたり」という、やけにとがったタイトルのものだと分かりました。著者は椋鳩十です。「大造じいさんとガン」で知られる作家ですね。ウィキペディアによると、「ねしょんべんものがたり」は講演で子供のおねしょに関する悩みを聞いたことから思いついた作品で、複数の作家が書いたおねしょ話を椋がまとめたものとのこと。おねしょというテーマのため、作家から嫌われ、出版社から出版を断られつつも、いざ刊行されるとしっかりヒットしたそうです。ウィキに載ってる他の話もアカガエルに負けず劣らずのインパクトで、やっぱりこっち系の話は強いなあと感心しました。

 それでですね、このおねしょ話を聞いてしばらくした頃の話ですけど、父親が「うまい店を見つけた」と言って、家族全員を連れて炉端焼きの店へ行ったんです。その店は居酒屋っぽい雰囲気で、私は「大人が飲みに行く店だ」という感想を抱きました。メニューが豊富で、しかも母親が普段作る料理とは違ったものが多い。私は豚足に興味を持ちまして、その店に行くたびに豚足を頼んで食べてました。

 本当にメニューが豊富だったんです。だからなのか、スズメもカエルも普通にありました。子供ながらに「うおっ」と思いましたけれども、こちらは既に椋鳩十から教育された状態です。「まあ、スズメもカエルもあるよな」と、ゲテモノを軽々と受け入れる程度に私の心は拡張されておりました。さすがに怖くて頼めませんでしたけど。

 以来、居酒屋とか炉端焼きとかそういう店は、スズメやカエルくらいなら当たり前のように出てくる店だと思っていました。ですが、大人になり、そこそこいろんな店で飲んで来ましたけど、そんな奇天烈なメニューを一度も見ていません。

 あの店は何だったのかと今になって思うわけです。メニューに出してるってことは、スズメやカエルを安定して仕入れるルートを確保していたわけです。複雑な日本の物流にはスズメルートやカエルルートが存在しているのか。それとも、店の主人がその辺のものを適当に捕まえてさばいていたのか。

 どうぜ当時は子供だったし、トイレ行くふりして厨房に潜り込めばよかったと若干後悔してます。

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