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「人類は絶滅すべきだ」と言う哲学

人は死ぬ、必ず

 人は必ず死ぬ。そうこの私も。そしてあなたもどんなにこの現実から目を背けたくても、それは避けられない事実である。死について考えるのは嫌だと思うかもしれないが、それを否定することはできない。死は私たちの存在の一部であり、避けられない未来だ。もしあなたが、お母さんの大切な口紅を、こっそりムラサキイモに変えていたら、どうだろうか。見つかったとき、鬼の形相で雷を落とされることは必然だろう。これと同じである。私たち人間に選べるのは、つかの間の平穏の中で、その事実から目をそらすか、それとも正面から見据えるか、これだけである。

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人類は永遠に続くのか?

 人が死ぬことは否定できない真理である。そして、だれもが当たり前のことだと理解している。では、人類は?人類は果たして永遠に続くのだろうか?
 環境破壊、核戦争、未知の病原菌、巨大天体の衝突、全人類が結婚できないなど、さまざまな脅威が私たちを取り巻いている。しかし、これらの脅威には、もしかしたら、知恵を絞って対処することができるかもしれない。だが、問題はそれだけではない。
 所詮、地球も単なる物理的な存在に過ぎない。「形あるものは必ず滅びる」という言葉が示すように、地球が滅びるのは決してあり得ない話ではない。何億年という長い年月で見れば、むしろ、滅びて当然だろう。太陽の寿命ですら約100億年と言われており、その半分はすでに過ぎているという。永遠というものがどれほどあり得ない時間か、少し考えればすぐに分かる。

反出生主義という思想

 南アフリカにデイビッド・ベネターという哲学者がいる。1966年生まれ。ケープタウン大学で生命倫理センター長を務めているという他、素顔もあまりでてこない、謎の人物である。
 ベネターはこう言う:「人間、そしてすべての感覚を持つ生物は速やかに絶滅すべきだ」と。
 なんてこった。こんな思想が現れるとは。映画や小説で見かけるような「マッドサイエンティスト」が人類を滅ぼす話はよくあるが、現実の哲学者が同じことを言うとは。しかも、真剣にそれを主張しているのだ。そして、こんなことを主張するベネターは、自らのことを「だって、人間好きだから」と言って憚らない。マッドでなければ、何だというのか。

反出生主義とは何か?

 「人類は生まれてはならない」という思想、これが反出生主義である。この考え方は、出生主義—人類が次々に生まれて増えていくことを望む思想—に反する。反出生主義者は、「人間が生まれることは苦しみを生むだけであり、人口ゼロが最も望ましい」と主張する。
 21世紀、とんでもない思想が現れた。しかも、この思想はものすごい勢いで広まっている。南アフリカの哲学者の主張が、地球の反対側の日本で、カタカタとキーボードを叩くおっさんに届くくらいの勢いで。
 

反出生主義を考える

 これから、反出生主義についての記事をいくつか書いていく予定だ。この思想は一筋縄ではいかない。深く、柔軟で、時にはシュールな側面も持つ。読者が予想だにしない視点から、この思想の真実に迫るための試みを続けていく。私の研究は、お金にはならなくても、一生付き合っていく価値があると確信している。

というわけで、反出生主義の記事がこれから増えてくると思います。
この思想、とても一筋縄ではいかない凄みがある。深いながら華奢で、おぞましながら柔軟である。一言で言えば、私にとっての真の哲学である。
乞うご期待!

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