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レースを編む和服美人と、その娘のお話

 こんにちは。少し前の記事で、昭和39年のレース糸の広告を取り上げました。

 この広告が教えてくれるのは、「昭和39年にはまだ、日常的に和服を着ている主婦が珍しくなかった」ということです。
 レース編みの本を見ることには多くの時間を費やしてきましたが、広告をじっくり見たのは今回が初めてでした。そこで気づいたのは「似たような広告でも複数のヴァージョンが製作された例がある」ということです。それについては下の記事で書きました。

 ある広告で、モデルさんがレース糸を腕いっぱいかかえて、いたずらっぽくこちらを見ている。すると別の広告では、糸玉が1個落ちてしまって「あっ!」と慌てている。
 そんな遊び心のある面白い広告が、昭和の時代に製作されていました。
 次の2枚の写真(A・B)を見くらべてみてください。Aはすでにご紹介しました。Bはその別ヴァージョンです。

A・昭和39年4月
B・昭和39年4月

 Bの広告は、Aと同じ年・同じ月に、別の雑誌付録に掲載されたものです。これ以外の広告はまったく同じです(オリムパスとクロバー)。両方の本を見る人を意識して、広告にも変化をつけたのでしょうか。手のこんだことをしているなと思います。それなりに費用もかかっているでしょうね。
 Bのママがすわっているベンチは、Aの背景にも写り込んでいます。だから同じ撮影場所のようです。よく見ると、ママのつけているエプロンと買物かごも同じ。しかし着物は違います。女の子の服も違う。どうやらモデルさんは別人のようです。
 同じ日に複数のモデルさんを連れていって「はい次」と撮影したのでしょうか。それともプロのモデルさんじゃなくて、背景の団地に実際に住んでいる「読者モデル」と実のお子さんとか?
 Bの広告文を読んでみましょう。

ママは夢中です
ママとユカちゃんのおひるやすみ。春の陽ざしがポカポカポカ。ママはベンチでレース編み。ゴールドレース糸がおどります。ママはすっかり夢中です。

昭和39(1964)年『婦人生活』4月号第1付録
『見やすいカード式編集 楽しいレース編』

 60年前の広告ですが、ちょっと露骨なくらい「専業主婦」をターゲットにしています。そして、あえて和服を着せることで「母」を強調しています。でも「ママ」と呼ぶことで、新しさも出している。そんなところに時代の特徴を感じます。
 今ではこういうステレオタイプな広告は考えられないですね。女性は結婚するとは限らないし、専業主婦になるとも限らない。そもそも編物をするのは女性だけとも限らない。
 時代が下るにつれて、レース糸の広告から人物が消えていくのは必然のなりゆきだったと思います。
 ところでBに写っている女の子「ユカちゃん」は、3歳くらいでしょうか? 彼女が年頃のお嬢さんになったころ、こんな広告が出ました。

講談社編『新レース編み全書 基礎と応用』
昭和54(1979)年

レースを編む母のかたわらで
わたしはいつも
その指先の魔法に魅せられたものだった…

白いレースは、少女の想い出…

昭和54(1979)年

 「レースを編む母」はもはや想い出の中の存在になっています。昭和50年代にもなると、レース編みはいささか古風な趣味になってしまいました。だからそのことをポジティヴに転換すべく、多くの女性の心に眠っている「母の想い出」に訴えたのですね。
 ユカちゃんはこれを見て、レース針を握ったでしょうか?
 令和6年のいま、彼女は60代。お母さんは80代のはずです。
 




 

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