ネットで「山脇敏子」と検索すると、「洋画家津田青楓の元妻」というふうに書かれていることがあります。津田青楓は夏目漱石と親交があり、漱石の『道草』『明暗』の装丁も手がけました。
この『明暗』に津田という男が出てきますが、山脇敏子氏はその妻「延子」のモデルとされています。
明治40年に20歳で津田と結婚した敏子は、初めのうちは自身も画家を志していました。しかし1923(大正12)年、大震災の年にフランスへ渡ったことが、大きな転機をもたらします。
「婦人の副業の視察」のかたわら「遊び半分に洋裁や手芸を習って」いた敏子。しかしそのあいだに、日本では夫に愛人ができていたのです。敏子は離婚し、生きるために今度は本気で洋裁を学びます。
山脇先生はまるで芸能人のような存在だったようですね。
座談会はまだこのあと1ページ以上続きますが、おもに流行の移り変わりが話題になります。それにしても『○○編物全集』という本の記事なのに、ここまで編物の話はまったく出てきません。記者もちょっとマズイと思ったのか、最後にこんな質問をします。
洋裁であれ編物であれ、とにかく熱気を感じさせる昭和30年の本(正確には雑誌付録)なのでした。