小売の棚卸って面倒だけど、自分の棚卸しはたまにやった方がいい
私事ではあるが人生初の入院というものを経験している。今、現在進行形で。何より驚いたのはこの病院メシが美味いことであり、味噌汁にはしっかり味がありいつぞやの昼食にはトンカツの卵綴じなんてもんが出てきて白飯の上にオンしてかっこんでしまうような一コマも見られた。
ほぼ何もしなくていい環境下で、自分が成すべきことは何かを問うて見たものの春風亭一之輔の子別れを聞いちまえばもうそんなものはどうでも良くなり大義なんてもんは仕事を休む口実さえあればよくて上司から電話がかかってくるだけで血圧が上がってしまうような環境下でどれだけの崇高な精神を鍛えることができようかなど、ただの能書きでしかなくなるわけだ。まだクロスワードパズルを解きながらコーヒーを啜っている方が脳味噌の健康維持に役立ちそうなもんである。
とどのつまり、筆が進む理由がない。
以前にも書いたが、ある程度のストレスや負荷がかかっている状況下であれば水を得た魚のように筆が進みハマってしまえばベルハンマーの潤滑油を吹いたような進み方をするわけだ。しかしながらこの環境に於いてはそもそもストレスがほぼない。3食美味い栄養管理されたメシが付いて自宅より良い環境で仕事しなくても傷病手当と微々たる保険金が入る。一体なんのストレスがあると言うのか?主たる不条理などこの世に存在するのか?と言わんばかりの落ち着いた環境で人生の棚卸しができる時間まで与えられてしまったわけだ。
無論、焦りが無いわけではない。
いや、焦りのそれとは違うこれからの楽しみを考えた上でのワクワクに近い何か。ストレスゼログラビティのような環境から離れることへの恐怖も多少あるにはあるがいつまでもここにいることはできないというのも事実。今のうちにやりたいこと見つけてその方向へ走り出すための準備期間だと思えばこれほど有用なモラトリアムも早々ない。
不条理に託けて信じ難い生活習慣を過ごしていた環境から離れることで異常性に気付けたのもあるが、そもそもこれだけゆとりをもって振り返ったり立ち止まったりする時間をとってこなかった…取れなかったことが問題なのかもしれない。もっと上手くやれるんだろうけど、人間一回目なもので下手なんですよ。
自分を見直すために、入院。
かなり強制的な方法ではあるが、かなり有用であることに違いない。まずこの事実に気付けただけでもヨシとしよう。何事も経験というやつである。
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出所はいつかと問われてまだ先だと答える。
何より今一番怖いのは饅頭よりも退院かなw
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