カント『判断力批判』と小田部胤久著『美学』への道程

カントの三大批判書は全著作難解であり、一般読者が理解できなかくても気にする必要はない。
中でも『判断力批判』は美的判断に関する批判であり難解の骨頂であるそうだ。
客観的基準などありそうもない美的判断に批判もなにもないだろうと思うのだがどうなのだろう。

更に謎なのは『判断力批判』は政治的判断に通じる読み筋も含んでいることなのだ。
そこらへんの難解極まりない諸事情は宮﨑裕助著『読むことのエチカ』が丁寧に読み解いているので漸く腑に落ちる理路を体験できた。
そして柄谷行人の『トランスクリティーク』の再読をすべきとの叱咤が何処からか聞こえてくる。空耳ですが。

また、最近は哲学とは異なる文脈でビジネス書が「アート」に侵食している気配が濃厚に大型書店を徘徊している。
言葉遣いとしては「アート」が「美学」に遷移したときには既に「賽は投げられて」何かが始まっていることは「思い半ばに過ぎる」ということだろう。

課題は「美学イデオロギー」に呑み込まれない解毒剤を「自家薬籠中の物」とし身に帯びることだろう。