
「期待されない」これほど幸せなことはない僕
僕は昔から、自分が少し変わっている自覚がある。人に期待しないし、逆に期待されることにも興味がない。でも、不思議なことに、独りで生きるための能力がある程度備わっていると、いつの間にか「期待される側」に回るものだ。
こればかりは、逃げられない運命のようなものだと思っている。
期待されること自体に特別な感情はない。
ただ、寄せられる期待に対して、心の中でこうつぶやくだけだ。
「応えられるかは分からないけど、まあ、できる範囲でやってみるか」と。
それでも、僕に向けられる期待の多くは、純粋に僕の実力を認めたものというより、「とりあえず便利だから頼んでおこう」みたいなものが多い気がする。
そんな扱いに少し疲れを感じながらも、どこか割り切っていた。
だって、戦うことが面倒じゃないか。放置して適当に済ませている方が楽で、自分にとって負担になれば知らないふりをすればいい。
僕は無理して誰かの期待に応えないといけない。
そう思うほど、自分のことを追い込んでないのだから。
そんな学生時代から、会社に入ってからは状況が変わった。
誰からも期待されることがなくなり、僕は驚くほど自由になった。誰にも干渉されない日々は心地よかった。
失敗する機会も減って、「これでいいのかな」と思うことはあった。
僕はある程度の事は、失敗を恐れず挑戦できる。それは成長につながるし、新しい発見もある。今回は、その機会が失われたのだ。それは寂しいことに感じたけど、同時に面倒ごとが減ったなと割り切ることにした。新しい事への挑戦は楽しいけど、大変なことも多いからね。
気楽さには代えられなかった。
そんな中、仕事で新しい機材を導入することになった。
僕はそのスペックを精査してカスタマイズも行ったけれど、正直言ってどう活用すればいいのか分からなかった。
活用方法に悩んだ僕は、適当にデモデータを流して解析してみた。データをいじって分析してみても成果は出ず、行き詰まった僕は、「無駄な出費になった」と報告するつもりでいた。
まぁ、時間的にもここら辺が潮時でしょう。これ以上は時間と労力が必要になるからなぁ。パパっと出せる結論はこれだなぁ。
そんなとき、先輩がふいに声をかけてきた。
「どう?使えそう?」
「スペックは問題ないんですけど、有効活用する方法が見つからなくて……」
「そんなの、気にせずゆっくりやればいいよ」
「え?」思わず素っ頓狂な声が出た。「ゆっくりやる」なんて会社員として許されることなのか?実力主義(自称)の職場で、そんな悠長なことを言っていていいのだろうか。
大丈夫か?
「お前、悩んでるのは知ってるけどさ。別にすぐに答えを出す必要なんてないんだよ。誰もお前に完璧を求めちゃいないからさ」
その言葉に僕は拍子抜けした。誰も僕に期待していない?いや最高だけどさ、この備品はどうする?
導入するのに、スペックを決めたのは僕なんだけど。これ、想定よりも使い道がないことに、今気が付いたんですよね。使えないハイスペック物品になったんだけど、大丈夫ですかね?無駄って言われない?
そんなことが一瞬で頭の中で展開された。でも、「期待してない」という言葉がありがたいのは、確かだ。「使えなかった」という報告も、気楽にできるというモノだ。
「まあ、基準値さえ出せれば十分だろ。それに、この環境が最悪なのは俺たちも分かってる。無理しなくていい。好きにやれよ」
その先輩の言葉には、不思議な温かさがあった。「期待してない」と言い切りつつも、どこかで僕を見守ってくれているような。
嵐のように去っていく先輩。
その背中を見送りながら、僕は心の中でふとつぶやいた。
「期待されてない、か」
それって、案外悪くないのかもしれない。最高の環境じゃないか?
誰も何も求めないなら、僕は僕のペースでやりたいことをすればいい。成果を急がなくていいのなら、この機材で好きなように遊んでみよう。
そう決めた瞬間、僕の心には久しぶりに余裕が生まれた。
重たくなった心も、急に軽くなった気がする。
実験を始めてみると、いくつかの興味深い結果が得られた。
スペック表では見えなかった欠陥や、社用機材との意外な相性の良さ。
そんな発見が嬉しくて、僕は夢中で性能テストを続けた。
ただ、報告資料だけは相変わらず手抜きが許されなかったけどね。
それだけは、僕自身の欠陥かもしれない。
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