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王神愁位伝 第3章【鳥界境の英雄】 第9話
第9話 激、血錬
ーー前回ーー
ーーーーーー
—血錬—
それは、セカンドと呼ばれる特殊能力を持つ者たちを、戦力として育成するための鍛錬法である。
セカンドは通常3歳から5歳の間に能力を覚醒し、その力は自族を守る盾、戦場を駆ける戦力として重要な役割を担うこととなる。
しかし、覚醒したての子供たちは、その力を扱う方法が分からず、暴走してしまうことがある。セカンドの力は、正しい使用方法を知らなければ、自身や周りを滅ぼす力へと変貌してしまうのだ。
——そこで必要となるのが、”血錬”である。
”血錬”には様々な流派があり、地域に根ざした独自の鍛錬方法を通じて、セカンドは成長し、自族を守る盾となり、戦場で活躍していくのである。
”ザッザッザッザッザ・・・・”
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「はぁ・・・うっ・・・」
「ほ~れほ~れ、まだまだじゃぞ~」
「う・・・うっせ、お・・・・おいぼれ・・・じじい!!」
早朝、澄徳からセカンドについて、簡単に説明を受けた幸十は朝ごはんを済ませると、待っていたのは澄徳お手製の血錬だった。
セカンドに重要な、”血・気・体”の”体”を鍛える血練を始めると宣言するやいなや、1リットルの水が入りそうな瓶を20本背負わされ、伊久磨と共にこの難のある山を走らせた。
・・・・少し話は変わるが、このナゼナゼ山は、一筋縄では登れない山として知られている。その理由は、山の名前に込められた多数の謎にある。
ー足元を弄ぶ、意思を持つかのように蠢く木の根。
ー行く手を阻む、唐突に出現する断崖絶壁の道。
ー視界を遮る、見たこともない奇妙な虫の大群。
ー命を奪い取る、人食い植物の罠。
ー渡ろうとする者を飲み込もうとする、激流の川。
ー・・・そして、人を襲う未知なる生物たち。
言い出したら枚挙に暇がないほど、常識外れの環境が目白押し。 この山に足を踏み入れた者は、必ずと言っていいほど「なぜなぜ?!」と頭を抱えて登ることとなる。 いつしか人々は、この山を ”ナゼナゼ山" と呼ぶようになった。澄徳の家は、そんなナゼナゼ山の中腹部にある。
挑戦者たちは、山の麓から頂上に向け駆け上っていくのだが・・・・、この山の頂に、セカンドの力を使わず到達した者は、澄徳ただ1人。
挑戦者が少ないのでは・・・と思うやもしれないが、ナゼナゼ山はソールのセカンドたちの中では、言わずと知れた "血錬の難所" とされている。たくさんのセカンドが鍛えるため望むも、過酷な環境に結局諦める人々が続出するのだ。
——そんな山を走れと、言われた2人だが・・・・
"ドサッ"
「はぁ・・・はぁ・・・」
「なんじゃ、まだ山の麓に降りてきただけじゃぞ。ほれほれ、もう身体が動かんのか?」
幸十と伊久磨は、澄徳の家がある中腹部から麓に降りただけで、息切れ切れで倒れていた。
幸十は、今まで暴力を受けて動けなくなったことはあるが、身体を動かしすぎて動けなくなるのは初体験で、不思議な感覚に陥っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・うごけ・・・ない・・・」
「くそっ・・な・・・なんで俺も・・・」
「ほう、伊久磨よ。体力落ちたか?前は山頂の手前まで、何とか行けてたじゃろう。」
「う・・・うるせ!!あん時と、状況が違うだろ!」
「幸十は・・・うむ、動けなさそうじゃな。まぁ無理もない。そんな鶏がらのような身体ではな。」
澄徳は、ばてる2人をじっと見ながら少し考えると、何か決断したのか手を合わせた。
「よし。幸十、伊久磨よ。この1ヶ月間で、山頂まで登り切るんじゃ。条件は、麓から山頂までは必ず1日で登り切ること。セカンドの力は使わないこと。もちろん、お前さんたちの持つ、コウモリの翼もじゃ。日を跨いで登れたでは使い物にならん。それが第一段、”体”の血錬クリアの条件じゃ。クリアできなければ、おさらばじゃ。尻尾巻いて、太陽城に戻るんじゃな。」
「はぁぁあ?!!」
驚き大声をだす伊久磨。
「んなの、無理に決まってるだろ!どのセカンドも、セカンドの力なしでは登りきれてな・・・」
「わしゃできたぞ。」
その言葉に、口籠る伊久磨。そんな彼の肩に、澄徳は手を置いた。
「お前さんも、一時は山頂の手前まで行けたじゃろう。もし今回クリアすれば、まだ可能性も・・・」
"ガッ!"
先ほどとは打って変わって、伊久磨は置かれた手を思いっきり振り払った。
「うるせぇな!!あんだけやって、これ以上どうしろと・・・っ!・・・俺には・・・終わった話だ。蒸し返すんじゃねぇよ。」
一瞬にしてその場が凍りつき、どこか思いつめる伊久磨に、周囲がシーンと静まり返ったが・・・
"ぎゅゅゅるるるるるる~"
変わりに、幸十のお腹がサイレンを鳴らした。お腹が空いたようだ。
時刻はもう夕方。朝から慣れない道を必死で駆け降りた2人だったが、いつのまにか昼を通り越してこんな時間になっていた。
「ひゃっひゃっひゃっ!とりあえず、帰って飯にするか。腹が減っては戦は出来ぬというからな。今日はわしの風で帰してやろう。明日からは必ず、自身の足でどうにかするんじゃぞ。」
「うん。お腹すいた。」
「聞いてないな、お前さんは・・・」
ご飯と聞いて目を光らせる幸十だったが、隣の伊久磨は、そのまま何やら思い詰めていた。
♢♢♢⛰♢♢☀♢♢⛰♢♢♢
それからというもの、澄徳に言われた通り、ナゼナゼ山の山頂を目指して、ひたすら山を駆け巡る ”地獄の日々” が幸十と伊久磨を襲っていた。
幸十はそもそも筋肉が皆無のため、早朝に澄徳専用の筋トレメニューをこなし、朝ごはんを食べると、夜暗くなるまでぶっ通しで、ひたすらナゼナゼ山を駆け巡っていた。
澄徳は、幸十がすぐ根を上げるかと思っていたが、何も言わず淡々と伊久磨の後ろについていく姿を見て、中々に感心していた。
伊久磨も、澄徳に " 幸十に負けるのか " と発破をかけられ、何だかんだ幸十に負けじと山頂を目指す日々を過ごしている。
毎日2人とも、短い夜が来るまで走りこみ、途中でエネルギー切れを起こし、澄徳に運ばれることもあった。毎日黙々と頑張る2人だが、山頂まではまだまだ程遠い。山麓から、中腹にある屋敷までは、20日経過したあたりから行けるようになったが、その先が中々に難しい。
試行錯誤しているうちに、期限の1ヶ月まであと3日に迫っていた。
2人とも毎日の過激な血錬に、身体を痛めつけられながらも、幾ばくか筋肉もつき、ガリガリだった幸十も、毎日の運動と大量の食事で一回り大きくなっていた。
——しかし、中々山頂まで辿り着けない。
"チョロチョロチョロ・・・・"
「っち、いつもここだよ。」
ナゼナゼ山の山頂手前にある川。
この山には、いくつか荒れ狂う川があるが、その中で最も狂っている川。
——通称、"神止川"。
神をも渡らせようとしないくらい激しい川と、誰かが揶揄し広まった名前だ。何もせず、ただ見つめているだけであれば、流れも緩やかでなんともない川に見えるが・・・・
"チャポンッ"
伊久磨が石を投げ込むと・・・
”ザァァァァァァァァアア!!!!!!!"
「本当にどうなってんだよ!!この山はよ!!!意思でもあんのかよ?!!本っっっっっ当に性格悪いな!!!!」
投げ込まれた石に反応したのか、いきなり流れが速く、激しくなった。
——そう。この川は、渡ろうと入った瞬間、急激に流れが激しくなり、そのまま全てを飲み込むと、山の麓、下流まで一気に流すのだ。
まるで、山頂に行かせるかと、川が嘲笑っているように・・・。
今日も幸十と伊久磨は、
途中で巨大な蜂のような虫に襲われ、
動く根が敷き詰められた道を転げ落ちながらも進み、
大きな花に食べられそうになる幸十を伊久磨が引きづりだし、
熊の数倍大きな類似生物に追いかけられ・・・(その他諸々)
息からがら、なんとかこの川まで走ってきた。
ここ数日で、なんとか山頂手前のこの川まで到達できるようになった二人。しかし、どうしてもこの川を渡ることができず、毎日川に飲み込まれ、麓に戻って終了する毎日が続いていた。
(あと3日・・・。)
伊久磨は全身から溢れる汗を拭いながら、苦しそうな表情で神止川を見た。焦燥感を露わにしながら、隣でじっと神止川を見ている幸十に視線を移す。
(それにしても幸十・・・。軟弱そうに見えて、何だかんだ、俺についてくるな。引き離そうとしても、絶対についてくる。)
体力がなさそうに見えて、毎日伊久磨の背後をついてくる幸十。
最初こそは、ついて来れないこともあったが、1ヶ月経とうとする今では伊久磨の後ろにくっついて来ていた。
(俺はこの山に慣れるまで3~4年かかったっていうのに・・・。これがセカンドとの差かよ、くそっ。)
伊久磨は拳をぎゅっと握り、唇を噛み締める。
「今日も流れが速いね。」
そんな伊久磨にお構いなく、幸十は川をじっと見ながら、口を開いた。無視する伊久磨に、気にせず幸十は続けた。
”もしゃもしゃ・・・”
「山頂って、どんなところ?」
お腹が空いてるのか、周りに生えている草を食べ始める幸十。呑気な幸十に、伊久磨は呆れながらため息をついた。
「・・・知らねぇよ。じじいしか、行けたことねぇんだから。」
不貞腐る伊久磨に、幸十は視線を向けた。
「伊久磨は、どうして山頂目指すの?」
「は?」
「俺は、器?がしっかりしてないからだけど。伊久磨はしっかりしてそうだ。」
幸十は、プライマルにしては身体がしっかりしている伊久磨を見ながら聞くと、伊久磨は、いつしか澄徳と話したことが脳裏にかすめた。
====
『じじい!!俺も血錬する!!そしたら、覚醒するかもしれないだろ!!』
『・・・そうだな。伊久磨。やってみるか?血錬。』
『うん!!俺も、じじいしか見たことのない山頂に行ってやる!!だって俺は——』
===
「・・くま・・ま・・・伊久磨?」
「・・・っ!」
幸十に呼ばれ、我に返る伊久磨。
(何をまだやってんだ・・・俺は・・・諦めの悪い・・・くそっ!!)
眉間に皺をよせ、拳をキツく握る。
「——っ、なんでもいいだろ。話しかけんな。」
「道ってここしか無いの?」
「話しかけんなって言っただろ!ってか、草ばっか食ってんじゃねぇよ!腹壊してもしらねぇぞ!!」
「?草でお腹は壊れないよ。」
そう答える幸十に軽蔑の眼差しを向ける伊久磨。すると、幸十は何やら歩き出した。渡るはずの神止川から逸れる方向だ。
「おい!どこ行ってんだ!道違うぞ!」
伊久磨が指摘するも、歩いていく幸十。
”ガシッ!”
「おい!・・・・・・っ!!!」
幸十の”3の数字”が刻まれた肩を掴む伊久磨。掴みかかった衝撃で衣服がはだけ、露わになった肌には、深い傷がいくつも刻まれており、伊久磨をゾッとさせた。
しかしそんなことを気にせず、幸十は足を止め言った。
「道。」
「は?」
「他に道、無いの?」
幸十の言葉に戸惑う伊久磨。神止川は山頂に向かうには、必ず通らなければならないルートだと言われている。もとより、澄徳が攻略したと言われている道だ。ここを避けていく方法などあるはずない。
「ないね。じじいの攻略ルートは、ここを通らないと行けない。」
その回答に少し考え込む幸十。
「じゃあ、他の道は探したことないの?」
「・・・?そんな無駄なことやるかよ。時間が限られてんだ。ただでさえ、毎日状況が変わる山だ。じじいが攻略したルートをどうするか考えたほうが効率的だろ。」
伊久磨の言葉に、幸十は再び考え込むとふと歩き出した。
「おい!どこに・・・」
「澄徳は、山頂まで行けって言ってた。だから、必ずしもあの川を渡らなきゃいけないわけじゃない。」
「はあ?」
「うーん。たぶん、俺にあの川を渡るのは無理。」
「諦めんのか?」
「ううん。だから、違う道を探す。俺でも山頂に行ける道。」
そのまま歩き出す幸十。
「ちょっ・・・!!」
伊久磨は戸惑い、目の前の神止川を見つめる。
(あと3日しかないんだぞ?!もう決まってる道を外れるって、馬鹿なのか?!?)
心の中で色々考え込む伊久磨だったが・・・
『違う道を探す。俺でも山頂に行ける道。』
幸十に言われた言葉が、やけに頭と胸にこびりつく。
頭を抱えると・・・
"グシャグシャ!!!"
「・・・~~~っくそ!!!」
体が先に動いていた。
いつのまにか、違う道を探す幸十の元に駆け寄る伊久磨。そんな彼をじっと見る幸十。
「・・・?伊久磨も、違う道にするの?」
「うるせ!!しょうがないから付き合うだけだ!」
焦る伊久磨だったが、ずっと忘れかけていた、いつの日にか感じていた高揚感が、胸をかすめていた。