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王神愁位伝 第2章【太陽の泉】 第49話

第49話 ピエロに残された宝 -2-

ーー前回ーー

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そんなある日、俺はスニフ地方庁長に呼ばれ、シャムス地方庁に来ていた。


「どうしましたか?」
いつもハナに会いにくる地方庁長だが、個別に呼び出したということは、ハナに知られたくない話だろうかと俺は漠然と考えていた。

すると地方庁長は、まるで初対面の時のような緊張感を漂わせ、大きな体を縮こませながら言葉を詰まらせていた。
暫くして重い口をやっと開いたかと思うと、その言葉はとても衝撃的だった。



「実は・・・ハナには子供・・がいるんだ。」
「え・・・あ・・・こ、子供・・・ですか?」



唐突な話に、言葉が詰まった。ハナの当時の年齢は26。
確かにいてもおかしくない。

「ハナが・・・あんな状態で子供を忘れているから、様子を見ようと思っていたんだ。・・・ただ、少しずつ良くなっているように・・・思ってな。まずは君に話そうと思ってね。」

正直かなりの戸惑ったけれども・・・同時に、不思議な高揚感がこみ上げてきた。それは、ハナの子供に会いたいという、どこか俺の心臓を温かくする気持ちが心のどこかで芽生えていたんだ。

「その・・・・その子はどこに?」
「私が預かっている。乳母を雇って世話をさせてるが、もう1歳半になるからな。ハナにいつ会わせようか、会わせない方がいいか・・・未だに迷っていてな。」

そう言うと、地方庁長は後ろを向いて声をかける。
そして、部屋の奥から乳児を抱いた老婆がでてきた。
俺は思わず立ち上がった。

”ガタッ!”
「まさか・・・!」
「ぁあ。ハナの子供、名前はコハル・・・だよ。」

目の前にいる乳児を見て、ハナの子供だと一瞬で分かった。ハナよりだいぶぷっくりした顔立ちだが、ハナの顔にそっくりだった。
ピンクに染まる柔らかく短い髪に囲まれた、何とも可愛らしい顔。
親指を一生懸命しゃぶるその姿は、タイヤンでハナが苦しんで産んだとしてもどこか愛らしく思えた。

「・・・抱くかい?」

スニフ地方庁長に聞かれ、思わず頷きそうになったが踏みとどまった。

「・・・いや、俺の前に・・・ハナに・・・ハナに抱いてもらいたいです。」

思わず口にした言葉だったが、それは紛れもない本心だった。
ハナの子供は、彼女にとって大きな喜びをもたらすだろうが・・・同時に深い悲しみも呼び起こすかもしれない。
タイヤンでの出来事が、彼女の心に深い深い傷跡を残していることを俺は知っている。
でも・・・それでもこの子が、ハナの心に新たな温もりを与え、幸せな未来へと繋がることを、俺は願わずにはいられなかった。

そして目を閉じれば、ハナが愛らしく微笑みながらこの子を抱く姿が浮かんだ。


(——すぐには無理でも・・・一緒に暮らせる方法を考えよう。)



シャムス地方庁を出て、俺は決意した。
ハナが苦しまず、自分の子供と笑って暮らせるように。
風季ふうきたちには、よりいっぱい芸を作ってもらわないと。
これからは2倍、笑顔にしていきたいから。
その時の俺は、これからの事に胸を躍らせていた。











"ズドーーーーーン!!!!!!!"






「うわ!!?」

——しかし、それは前触れもなく起きた。

「な・・・何が・・・」

物凄い地響きと共に、立ってられないほど地面が揺れた。
俺は倒れた身体を起こして見た目の前の光景に、口が塞がらなかった。

「こ・・・これは・・・!」



"ーシャムスの大空襲ー"
休戦直前の激戦時に、月族がセカンドと共に無数のマダムをシャムスに連れてきた。高温の石をマダムに持たせ、空中から首都シャムスを中心として、地上に石を落としていったのだ。




「・・・・はっ!!!ハナ!!」
当時、ハナと住んでいた場所は、首都シャムスからほんの少し離れた場所だった。その場所も勿論、空襲の範囲内だった。
俺は急いでハナたちのいる家に向かった。

こんなに全速力で走るのはいつぶりだろうか。
息を切らしながら、限界など忘れて必死に向かった。
そして・・・

「・・・ハナ・・・!!!!!」
ハナたちと暮らしていた家は、まるで巨大な怪物に飲み込まれるかのように、高温の石に打ち砕かれた。残されたのは、焼け焦げた大地と、空に舞い上がる黒煙だけだった。
その光景を目の当たりにした時、俺の顔は酷いものだっただろう。


"カキン!キン!!"


すると奥から何やら戦っている音が聞こえ、駆けつけると風季たちが無数のマダムたちと戦っていた。
攻撃を受けたのか、風季も那智も頭や腹などから血を流し負傷していた。

「風季!!!那智なち!!」
「・・・っ!!!いたる!!」
「ハナは?!!!!」

そう聞かれた風季は、バツが悪そうな表情で、崩れた家に視線をむけた。
俺は加速する心臓の音を感じながら、風季が向けた視線の方へかけていくと、榛名はるなが家に落ちた大きな石を必死に持ち上げようとしていた。
巨体な榛名の5倍くらいはあるであろう大きな石を、手がボロボロになっても、どうにか持ち上げようとしている。

「・・・まさか・・・」

俺は咄嗟に神に祈った。
(・・・神よ、太陽神よ!!違う。勘違いだ。早とちりだ。違ってくれ!!!)

そして、榛名が持ち上げようとしている石の下をみると、そこにはハナがいた。

「ハナ!!!!」

ハナの下半身が大きな石の下敷きになり、周囲には大量の血が流れていた。
急ぎ駆け寄るも、榛名が大量の涙を流しながら焼けただれた手で、動くはずのない石を持ち上げようとしていた。

「・・・イ・・イタ・・・」
ハナは真っ青な表情で、駆け寄る俺を見た。
俺は何の躊躇いもなく、榛名と一緒に石を持ち上げようと石にさわった。

ジュゥゥゥゥゥウウウウ!!
「・・・っい!!!」

かなりの高温で触れたものじゃなかったが、当時の俺には関係なかった。ハナを失うなんて、そんなの考えられなかった。

「ハナ、大丈夫だ。すぐ助けるから!!!!!」

榛名と力を合わせ、必死に石を動かそうとしたが、まるで大地の一部になったかのように、びくともしない。灼熱の石は、俺たちの皮膚を焦がし、血豆を作りながらも、俺たちは希望の糸を掴もうと、諦めることなく必死に石と格闘していた。

——しかしそれを嘲笑うかのように、さらに大量のマダムがこちらに向かってきた。

「・・・っ!!!まずい!!いたる!!」

戦っている風季や那智も、捌ききれないマダムの量に限界を超えていた。

「・・・ハ・・・ハナが・・・ハナが!!!!石が・・・石が動かないんだ!!!!!」

大量のマダムに、どかせるはずのない石を見ても、当時の俺たちはどうにかできると思っていたほど、正常な判断ができなかった。そこにいた全員が、突き付けられたこの残酷な事実から目を必死に逸らしていた。



――だが、そこにいた全員が分かっていた。
その事実に向き合ったのが、誰でもないハナだった。




「イ・・・イタ・・・」
「ハナ!!!」

俺に向かってハナが腕を伸ばした。すぐさま掴むと、大丈夫とでも言うように、ハナは真っ青にした顔の中にいつもの愛らしい笑顔を浮かべた。

「ハ・・・ハナ・・・・?」
「イタ・・・イタ、大丈夫・・・!!」

無邪気に笑う、その笑顔は何かを悟ったような表情をしていた。俺は嫌な予感がした。

「イタ、ありが・・・とう・・・いつも・・・ありがとう・・・」
「な、何をいきなり・・・」
「いつも・・・いつも・・・・一緒、嬉しかった・・・!本当に・・・ありがとう・・・!」
「ハ・・・ハナ?」
「イタ」

ハナは力いっぱい俺の手を握り、この上のない笑顔を向けた。

「イタ、あ・・・あ・・・あい・・・愛してる・・・ !」

俺は分かっていた。ハナが言いたいことが分かった。でも、到底受け入れられない事実に、ハナの温かい言葉に、涙を流すことしかその時は出来ずにいた。

「ふ・・・ふうき!!」

すると、今度は奥で戦っている風季を呼んだ。
風季が振り返ると、ハナはもう片方の手で拳を握って差し出した。

「お・・・おねがい!!ふうき、おねがい!」

その言葉に、風季は血がでるほど唇を噛み締め、目をギュッと閉じ涙を流すと、次の瞬間――

”ガキン!!サッ!!!!”
マダムとの戦いをやめ、涙を浮かべ呆然とする俺を掴み肩に担いだ。

「ふ・・・風季?!!おい!!ちょっと待て!!」

俺は必死だった。ハナを置いていけるわけがない。
やめろと叫んだが、風季は涙を噛み締めながら走り出した。那智も帽子を深く被り血が流れるほど拳を握り、暴れる榛名を連れて風季の後に続いた。

「ハナ!!ハナ!!ハナァァァァァァァア!!!」

必死に叫んだ。ハナを置いていくことの選択は俺には到底できない。風季に担がれながら、ハナの元に行こうと暴れたが、風季の力から出ることはできなかった。
どんどん小さくなるハナは、俺の不甲斐ない表情を見たのか、いつもの無邪気な笑みを浮かべ俺に手を振る。

「ハ・・・ナ・・・」

(待って・・・・待ってくれ・・・・まだ・・・まだ君に伝えたいことが沢山あるんだ!!!・・・君が連れてきた風季たちと、サーカス団を作ろうと思っていること。君がもっと寝やすい雲みたいなベッドを買ったこと。行きたそうにしていた太陽の泉のこと。ハナが大好きな花を庭にいっぱい埋めて育てていること。それに・・・それに・・・・君には辛いかもしれないが、君に似て、とてもとても可愛い子供がいること。そして・・・)




「俺も・・・俺も!!!!・・・あ・・・愛してるんだ・・・!!!!ハナァァア!!!!!」




俺が叫ぶとハナは嬉しそうに満面笑みを浮かべた。
そして次の瞬間、ハナは狂ったように叫び始めた。

「ぁぁぁぁああああああぁぁぁああああああ!!!!」

風季や那智も驚き振り返ると、大声を出すハナに目掛けてマダムが集まり襲い始めた。精神を壊し、記憶の蓋を閉じていたハナが、どうしてマダムが音に敏感なことを知っているかのような行動をとったのか。今でも俺には分からない。

でも、その光景は忘れられるものではない。
——まさに”地獄”。そのものだった。





ハナを守っていたつもりが、守られたのはまたしても俺だった。



ーー次回ーー

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