「将棋世界」を読むと藤井聡太氏の破格ぶりがわかる件(その1)
▼ほんとうに大して更新していないのに、小誌への閲覧数が一向に減らない。というより、毎日社会問題についてメモしている時より、数倍、増えている。
王位戦の報道の影響がモロに出たわけだが、nоteのような創作系が多いウェブサイトでも、時々刻々のニュース報道の波の中にいる、ということがわかった。
▼ここまで藤井聡太ブームが続くと、将棋人口がどんどん増えると思う。しかも、ピークは間違いなくこれからだ。
まず、各新聞社がお金を出しているので、藤井氏が勝っても負けても大きく報道される。今年度は、これから王将戦の挑戦者が決まるし、来年度以降は竜王戦をはじめ、藤井氏が3冠、4冠と冠を増やしていく可能性が高い。
▼将棋が好きなので、将棋の新しい世界が生まれていくのを見るのは楽しい。だから、気が向いた時に将棋についてのメモも増やしていくつもりだ。
▼さて、藤井聡太氏が棋聖になったことの意味は、「将棋世界」2020年9月号が最もくわしく解説している。具体的には、大川慎太郎氏の観戦記で、敗れた当事者である渡辺明氏に事細かに取材している。
▼大川氏が担当したのは、棋聖戦第4局の観戦記。まさにこの第4局で藤井氏が勝ち、棋聖になった。そうなることは、観戦記の担当になった時には、もちろんわからない。しかも、締切が目の前に迫っていた。適宜改行と太字。
〈棋聖戦第4局が行われたのは7月16日。本稿の締め切りは翌日の昼だった。両者に局後の取材をする時間はない。どうしようか悩んでいると、渡辺が対局日の夜に取材に応じてくれるという。こんなチャンスはない。〉(6-7頁)
▼この大川氏と渡辺氏との約束は、結果的に、藤井聡太氏の棋力がどれほどすごいのかを後世に残す証言を生むことになった。
〈新大阪から東京までの2時間半、渡辺は失冠した一番についてたっぷり語ってくれた。どんな質問もはぐらかすことなく、真っすぐに答えた。〉(7頁)
▼この大川氏の記事は、プロ棋士に読まれた率がとても高いと思う。そして、「藤井時代」の開幕を告げる、後世に残る記事になると思う。
▼筆者が感銘を受けた箇所を3つ、紹介したい。
1つは、渡辺氏が〈完全に意表を突かれた〉手について。
2つは、藤井氏が放った渡辺氏の〈度肝を抜く一手〉について。
3つは、渡辺氏自身が語る敗因と今後の対策について。
▼1つめ、完全に意表を突かれた手。(10頁)
ここから、将棋を指さない人にとっては、何が書いてあるのかさっぱりわからない文章を引用することになるが、要するに渡辺氏は、
「藤井聡太は視野が広い」
ということを言っている。
それは、4六歩という一手だ。渡辺氏は「視野が広い手です」と仰天(ぎょうてん)したという。
▼ウェブで棋譜を見れる環境にある人は、ぜひ将棋世界を手元に置いて、駒を並べてほしい。
渡辺氏いわく、「昼食休憩のあと、こちらは盤面の左辺、つまり8筋の折衝(せっしょう)しか見ていないんです。その攻撃をどう受けようかとずっと悩んでいて、ようやく桂を取りきれそうだと思ったら、いきなり4六歩と突かれたので対応しきれなかった。
しかもこの手が意外なのは、4六同銀で銀が質駒から外れますよね。こちらはペースが落ちれば桂を取れると見ているから、5五の銀を取られて8筋に打ち込まれるような激しい手ばかり見ているんです。なのに自ら4六同銀と引かせているんだから」
▼筆者はこの箇所を、実際の棋譜を眺めながら読んで、なるほどとうなった。
広瀬章人八段も、第4局ではこの順が最も印象に残った、と語っている。渡辺氏とまったく同じ意見だったわけだ。
〈トッププロ2人を震撼(しんかん)させた異次元の順。渡辺に「まだ17歳ですよね。なんでこんな手を指せるんでしょうね」と言うと、「さあ。とにかく視野が広すぎる」と半ば突き放したような言い方をした。〉(11頁)
▼渡辺氏もあきれるほど藤井氏が強い、ということがよく伝わる箇所だ。
▼2つめ。
この棋聖戦第4局で、渡辺氏はもう一度、予想外の一手(大川氏いわく「度肝を抜く一手」12頁)を指されて、ぎゃふんと言わされている。極めて珍しいことだ。それは、8六桂という手だった。
〈藤井の手が盤面左辺に伸びた。8六桂。この桂打ちで勝負は決したと言ってよい。(中略)なぜ、渡辺は8六桂が見えなかったのか。「後手は8二の飛車取りになっているから」と明快に答えた。そして「この辺が終盤力の差だよなあ」と嘆いた。この8六桂を喫して、渡辺は負けを悟ったという。
「番勝負をやっていると、相手の仕草とかで局面に自信を持っているかどうかとかわかるようになるんです。桂を打ったとき、藤井さんがいかにも『勝ちました』という雰囲気を出していた。〉(12頁)
▼ここで、棋士のなかでも、ごく限られた、番勝負を戦う人たちにしかわからない感覚が出てくる。一発勝負ではわからない相手のことが、3局、4局とタイトル戦を指しているうちに、わかってくるというのだ。
▼8六桂という手は、盤面の下側だけ、つまり先手側だけを見ていれば、指せそうなものだが、この時、藤井氏は盤面の左上のほうで、大事な飛車を取られそうになっている。その対応をするだろう、と、当然思うわけだ。しかし、藤井氏は違う手を指した。
「必殺の一手」と言ってもいい8六桂で、勝負は決まった。
▼3つめが、最も重要な証言である。次号に回す。(つづく)
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