見出し画像

「将棋世界」を読むと藤井聡太氏の破格ぶりがわかる件(その2)

▼「将棋世界」2020年9月号を読むと、現時点での藤井聡太氏の破格の強さがよくわかる、という話。

前号で、渡辺明氏の敗戦の分析で印象深かった点を3つ挙げた。今号はその3つめ。

敗因についての、総合的な分析である。

このくだりが、後世に残る証言になる、と筆者が感じた箇所だ。適宜改行と太字。

〈敗因はどう考えているのか。

いろいろあるけど、終盤力が違いすぎますね」と漏らした。(中略)

藤井の終盤力のすごさはいまさらだが、ソフト出現以降の現代将棋によく合っているのではないかと渡辺は言う。

「15年前くらいの将棋界は、固めてガンガン攻めるのがトレンドでした。でもそういう将棋だと、藤井さんの終盤力はあまり生きないと思う。だって穴熊玉の詰む詰まないってそれほど難しくないでしょう。マス目が限定されているから。

でもいまは全体的にバランス型で玉が薄いから、すぐに詰む詰まないになるんですよ。玉が上下左右に広いからなかなか寄せが見えないけど、藤井さんはそれが瞬時にわかるんです

 1勝3敗で敗退した今シリーズをどう総括するのか。

いままでもタイトル戦で負けたことはありますけど、今回の棋聖戦のような負け方をしたことはありません。自分がまったく気づいていない想定外のことが起きまくっているんです。

例えば第1局では終盤の1三角成の踏み込みです。これが今シリーズでいちばん驚かされたのですが、第1局の時点ではまだそこまで相手のことがわかっていないから、『何か見落としがあるんだろうな。いくら棋風とはいえ、さすがにその踏み込みはどうなのかな』くらいにしか思っていなかった。でも結果的にやられてしまって衝撃を受けることになった。

第2局はそれなりに藤井さんのことはわかってきてはいたけど、まさか3一銀で負けとは思っていないから、『え?』となりました。本局でも5九飛と回って、『おかしいなあ。何をやってくるのかな』と疑問に思っていたら、まったく見えていない8六桂を指された。こういう思いもしない負け方をしたことはないんです」(中略)

今後はどう巻き返すのか。するといつも明瞭に話をする男の歯切れが急に悪くなった。

「うーん……」と言ってしばらく黙る。

「基本的には第3局のような勝ち方だと思うんです。研究していって、消費時間で差をつけて、わずかなリードを保って勝つ。それが自分の長所だと思うんだけど、今回はうまくいきませんでしたからね。正直、いまのところは藤井さんに勝つプランがありません。だっていまから藤井さんのような終盤力を身につけようとしても、それは無理だから〉(14頁)

▼完膚(かんぷ)なきまでにやられた、という現実が伝わってくる分析である。

なにしろ、「今回のような負け方をしたことはありません。自分がまったく気づいていない想定外のことが起きまくっている」「正直、いまのところは藤井さんに勝つプランがありません」とまで言うのだ。渡辺氏のこういうコメントは読んだ記憶がない。

渡辺氏をして、こう言わせしめるということは、ほとんどの棋士にとって、藤井聡太氏と当たればもうお手上げ、ということである。

▼小誌のメモのなかで、ダントツで読まれているのは、大崎善生氏のエッセイを紹介した「将棋のトッププロに見えている残酷な現実の件」だが、読まれている理由が少しわかった気がする。

タイトルの「残酷な現実」という一言が、たぶん、事の本質を突いているのだ。

▼藤井ブームは、とくにテレビでのそれは、ただただ藤井聡太が勝った、藤井聡太は何を食べた、藤井聡太のマスクはどの会社のもの、藤井氏の一挙手一投足を極大化して報道する。敗者の弁の扱いは、ほとんど目に入らないくらい小さい。

渡辺氏に限らず、木村一基氏に限らず、どうやっても藤井氏に勝てない棋士全員が、その人生のすべてを将棋に捧げてきた人なのである。

その人たちが、18歳の童顔の棋士に、ことごとく敗れる現実。すでに「見えている」どうしようもない違いと、引退するまで付き合わなければならない現実。

それは、まぎれもなく残酷な現実である。

藤井ブームを支える人の大半は、そうした残酷な現実の上に座って、ニコニコとブームを楽しむ無邪気な人々である。

そんな現実を肚(はら)に収めて、棋士たちは今日も興行を続ける。

(2020年8月28日)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?