テロの原因は「宗教の外側」にあるという見方について
▼テロの原因は宗教だろうか。それ以外だろうか。もし、特定の「宗教」「宗派」を槍玉にあげて、その中身、論理を分析せずにレッテルを貼るだけで、「それ以外」に対する分析も乏しい場合、テロを止める力にはならない。
ちょうど1年前の2018年1月5日付毎日新聞「記者の目」に、宗教の「外側」についての鋭い分析が載っていた。八田浩輔記者。
〈「テロの温床」の地で考える/自立支援で分断克服を〉
▼ベルギーの首都ブリュッセル、そのなかにある移民街モレンベーク地区。10万人弱の人口のうち4割以上がモロッコ出身のイスラム教徒といわれる。〈1960~70年代に国策で招き入れた労働者やその家族である。〉
2015年のパリのテロ(130人が殺された)や、2016年のブリュッセルでのテロ(32人が殺された)の犯人の多くが、このモレンベーク地区で育った人々だった。
だからベルギーの「右」の政治家は、「モレンベークはベルギーの『ラッカ』だ」と公言した。ラッカとは、「イスラム国」が首都に定めたシリアの都市だ。
〈宗教の外側に問題があるという考え方は、多くのモレンベーク住民にも共通する。シンクタンク「欧州平和研究所」がテロ後にモレンベークで実施したアンケート調査で、地元の若者が過激化した理由について考えを尋ねたところ、「若者に将来がない」(33%)が最も多く、次点は「分断」(30%)だった。シリアに戦闘員として渡った若者の行動には「悲しい」「怒りやショック」など否定的な回答が大多数を占め、支持する声はほとんどない。
また、地域が直面する課題では「失業」(31%)と「教育の質」(15%)が「治安」(5%)や「テロ」(4%)を大きく上回る。さらに85%がテロ後のモレンベークを巡る報道を批判的に捉え、外部の認識とのギャップに不満を抱えていることがわかる。〉
▼ここには大きく3つの問題点が浮き彫りになっている。
▼1つは、モレンベークの若者が過激化したのは「将来がない」「分断」という理由からであり、モレンベークの大きな課題は「失業」「教育の質」なのである。これらの深刻な問題群が、いうまでもなく「宗教の外側」にあたる。
▼2つは、モレンベークの人々は地元の若者がテロに参加したことについては「悲しい」「怒りやショック」という感情が大きく、決して支持しているわけではない、ということ。これは、モレンベークが「ラッカ」とはいえない、ということ。
▼そして3つは、モレンベークの人々の85%、圧倒的大多数の人々が、〈テロ後のモレンベークを巡る報道を批判的に捉え〉、モレンベークに住み、働き、家族とともに生活を営んでいる人々は〈外部の認識とのギャップに不満を抱えている〉という点。これはマスメディアの問題。
▼1と3とは深く連関している。この構造はいうまでもなく、モレンベークに限られた話ではない。
マスメディアの人々に、「モレンベークをラッカ視」する傾向が、なかったかどうか。「モレンベークをラッカ視」する傾向に、異議を申し立てたかどうか。
▼イスラム教のスンニ派(スンナ派)に、ハンバリー法学派という一派があり、21世紀のテロの多くがこの宗派の解釈から起きている。だからハンバリー法学派の教義、解釈にはテロを誘発する何かがあるのではないか、と思う。イスラム教について考えるのであれば、この点だろうと筆者は思うが、それは同時にイスラム教の中の話である、とも思う。
少なくとも、人生に「将来がない」と思い、生活や文化を「分断」され、経済的には「失業」に苦しみ、「教育の質」に不満をためる人々に対して真っ先にもちかける議論ではない。
▼しかし、「宗教の外側」について、これまでとは異なる関心を持ったとしても、マスメディアにとって「将来がない」話や、具体的な「失業」や「教育の質」の話は、「わかりにくい」し、「面倒くさい」話だ。
結論が出にくいから、キレのいい見出しも立てにくいだろうし、なにより背景の深い理解がなければ手を付けられないからだ。24時間〆切に追われるような、CNN式の報道とは合わない。
▼「事件」を追い求めるマスメディア業界の心の傾向は、しばしば「事件」をつくりだしてしまう。これは原発事故の時にもあてはまる、厄介なマスメディアの傾向だ。
移民について、日本社会ではどうだろうか。「日本のモレンベーク」が生まれた時、かつて関東大震災の時に朝鮮人を大量虐殺した日本社会で、「対話」や「共生」や可能なのだろうか。おそらく、可能な地域もあれば、今のままでは不可能な地域もあるだろう。
(2019年1月26日)
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