「将棋世界」を読むと藤井聡太氏の破格ぶりがわかる件(その0)
▼前号から1カ月ほど、わざと更新しなかった。そうすると、どれくらい閲覧数が減るか、みてみようと思ったからだ。しかし、思っていたほど減らない。
むしろ数日前から、具体的には2020年8月18日から、何にも更新していないのに、閲覧数が急増し始めた。
うすうす、そうなるだろう、と思っていたのだが、想像以上の増え方だった。
▼将棋の王位戦第4局が始まったのは8月19日であり、その前日から、マスメディアが藤井聡太氏の二冠の可能性について報道し始めた。小誌で閲覧されているのは、予想通り、だいたいが将棋関連の記事だ。つまり、王位戦の報道の、というより、挑戦者である藤井聡太氏の報道の影響を、まともに受けているわけだ。
▼藤井聡太氏の棋聖奪取の後、明確に将棋への関心の高さが変わったと感じる。そして、王位奪取の後もしかり。
関心の下限が、底上げされているように感じる。
▼藤井氏は棋聖に続き、王位も奪取した。2020年8月20日配信の東京新聞記事から。適宜改行と太字。
〈藤井聡太棋聖が「王位」も獲得、18歳1カ月の最年少で二冠と八段に〉
2020年8月20日 16時52分
〈将棋の木村一基王位(47)に藤井聡太棋聖(18)が挑戦していた第61期王位戦7番勝負(東京新聞主催、伊藤園協賛)の第4局は20日、福岡市の大濠公園能楽堂で指し継がれ、午後4時59分、後手番の藤井が80手で勝ち、負けなしの4連勝で初の王位を獲得。史上初の高校生二冠となった。
18歳1カ月の藤井は、羽生善治九段(49)の持つ二冠獲得の最年少記録(21歳11カ月)を28年ぶりに塗り替えた。また、タイトル獲得2期の規定を満たし、同日付で八段に昇段。「神武以来の天才」と言われた加藤一二三・九段(80)の最年少昇段記録(18歳3カ月)も62年ぶりに更新した。〉
▼まず、少し前に書いたメモとの関連で書いておくと、藤井聡太氏の今年度の「四冠」はなくなった。竜王戦で丸山忠久九段に敗れた。2020年7月25日付読売新聞から。
〈将棋の第33期竜王戦(読売新聞社主催、特別協賛・野村ホールディングス)の本戦3回戦が24日、東京・千駄ヶ谷の将棋会館で行われ、藤井聡太棋聖(18)が丸山忠久九段(49)に千日手指し直しの激戦の末、116手で敗れた。タイトル獲得後初の敗戦。藤井棋聖の今期の竜王挑戦はなくなった。
丸山九段はタイトル獲得通算3期で、竜王戦でも過去3回挑戦者になっている強豪。藤井棋聖とは初対局だった。角換わりの戦型となったこの日の対局は、中盤で千日手が成立。同日夕から指し直し局が行われ、得意の「一手損角換わり」を採用した丸山九段が、終盤きわどく競り勝った。〉
▼この丸山九段は、将棋の普及活動をほとんどしていないから、将棋を指す人でなければ名前も顔も知っている人はまずいないと思う。そして、読売の記事だから載っていないが、丸山氏は1期、加藤一二三氏と同じく「名人」になったことがある。
▼ということで、藤井氏の今年度中の四冠はなくなったが、三冠の可能性は残っている。それはまた別に取り上げよう。
▼さて、竜王戦で丸山氏が藤井氏に勝った報道を読んで、スポーツニッポンの2020年7月17日配信記事に載っていた山崎隆之八段のコメントを思い出した。
〈(藤井聡太氏には)死角が見当たりません。昨年11月、王将戦の挑戦者決定リーグ最終局で広瀬章人八段に敗れて以降、持ち時間の管理にシビアになった。トップ棋士相手でも、持ち時間の切迫にも動じなければどう崩せばいいのか。
トーナメントの1回だけなら勝てるでしょう。5番勝負で3回、7番勝負で4回勝てるイメージが湧きません。タイトル戦に出続けるようになって次々獲っていくのが自然に思えます。〉
▼「トーナメントの1回だけなら勝てるでしょう」という分析が鋭い。実際に山崎氏は藤井聡太氏に公式戦で勝ったことがあるから、説得力がある。
▼しかし、1回勝負なら勝てるが、それは、タイトル戦の番勝負とは、わけが違うというのだ。
山崎氏の「5番勝負で3回、7番勝負で4回勝てるイメージが湧きません」というコメントは、とても正直だし、貴重だ。
山崎氏にもまた、「何か」が見えている。それが何なのか、常人にはわからない。
▼今号は、「将棋世界」に重要な記事が載ったので、それを紹介しようと思っていたが、長くなるので、それは次号に回す。
▼最後に、2020年8月22日にNHKで放映された「藤井聡太 驚異の強さ!~史上最年少タイトル獲得~」から、羽生善治氏の重要なコメントを紹介しておく。
▼番組のラスト、羽生氏は、藤井氏の将棋について、こう言った。
〈藤井さんの将棋からいろいろなものを吸収して 学んで 追いついていく 内容を理解できるようになっていくことが大事〉
▼これは、驚くべきコメントである。あの羽生善治氏が、藤井聡太氏の将棋を〈理解できるようになっていくことが大事〉、と言っているのだ。
つまり、羽生氏をして、藤井氏の将棋が理解できないわけだ。
羽生氏は、すでに自分は藤井氏に追い抜かれており、追いかける立場であることを認めている。
▼しかし、上の段で驚くべきコメントだと書いたばかりだが、羽生氏も、次号で紹介する渡辺氏も、正直な人だと思う。彼らは、「見えている」ものを、「見えている」と言っているに過ぎない。その口ぶりに、少しも邪(よこしま)なものが見えない。
何かが「見えている」という自分の状態を、正確な表現でアウトプットできる人だからこそ、その世界で超一流の位置に立ち続けられるのかもしれない。
羽生氏や渡辺氏が言っている現実は、筆者が何度も紹介している棋士のレーティングで、外部から確認できる。しかし、それはあくまでも外部からであり、じつはその中身については、レーティングだけでは、何もわからないのだ。(つづく)