栗原心愛さんの死(3) 加害者の実存(続き)
▼「週刊朝日」に連載されている北原みのり氏のコラムがいつも面白いのだが、イラストを担当している田畑永子氏のセンスも抜群だ。
2019年2月15日号では、イラストに以下のセリフが書き込まれていた。
〈他人に対して意味不明で無意味で理不尽な加害行為をする人は、自分自身の過去や現在の怒りや悲しみが腹の底にむちゃくちゃこびりついている。
それを自分で認めずに抑えつけているから、無理している心がつじつまを合わせようと、わけのわからない理屈で体にわけのわからないことをさせる。勇気を持って自分自身に向き合い、何があったのか話してほしい。そんなことする必要なくなるから。〉
▼児童虐待による死とは別のテーマなのだが、このセリフは、栗原心愛さんの父親にも当てはまるのではないだろうか、と思った。
なぜそう思ったかといえば、2019年2月6日付の毎日新聞夕刊に、次のような大きな見出しが載っていたからだ。
〈母、女児の様子LINE/父の見張り指示で?/千葉死亡事件〉
〈千葉県野田市の小学4年、栗原心愛(みあ)さん(10)が自宅で死亡した事件で、傷害容疑で逮捕された母なぎさ容疑者(31)が父勇一郎容疑者(41)=同容疑で逮捕=の不在時に無料通信アプリ「LINE」などで心愛さんの様子を伝えていたことが捜査関係者への取材で明らかになった。【信田真由美、加藤昌平】〉
▼以下の記事を読んで筆者は、一言でどう言うべきかわからないが、「家族の秩序」というか、「家長としての面子(めんつ)」というか、「家族」を中心とする価値観を死守したい、というおそろしい執念を感じた。
〈亡くなるまでの約1カ月間、心愛さんは外出を許されず、数日前から十分な食事も与えられていなかったとみられ、県警はLINEのやりとりなど当時の状況を調べている。
捜査関係者によると、なぎさ容疑者が友人に「夫から言われて娘を1カ月ほど外出させなかった」などと打ち明けている。逮捕前の任意聴取にも「娘(心愛さん)に十分な食事を与えなかった」「(勇一郎容疑者に)夜中に起こして立たせるのはやめてと言ったが、聞いてもらえなかった」とも話したという。
一方、勇一郎容疑者の東京都内の勤務先によると、勇一郎容疑者は正月休み明けの1月7日から出勤し、体調を崩したとして早退した同21日以降は「インフルエンザにかかった」と言って休んでいた。
しかし、同市によると、心愛さんの通う小学校には同7日、「娘は冬休みに妻の実家の沖縄に滞在しており、休ませる」、同11日には「曽祖母の体調が悪いので1月いっぱい沖縄にいる」と連絡。仕事で自宅を不在にしていた時も、なぎさ容疑者に心愛さんを外出させず、見張るよう指示していた可能性がある。
県警は、心愛さんの体に以前に受けた暴行によるものとみられるあざが複数あり、2人が虐待の発覚を恐れて沖縄に滞在しているように装った可能性があるとみて調べている。〉
▼LINEで逐一、娘の様子を母に報告させるなんて、「コントロールしよう」という猛烈な意思のあらわれではないだろうか。しかし同時に「おれは悪いことをしている」という自意識もあったようだ。
凄惨な虐待の陰に、父親の、強烈な、というよりも、猛烈な意思を感じる。
▼きのうメモしたことだが、
心愛さんの父親は2017年の沖縄県糸満市や、2018年の千葉県野田市で、「健全な家族」の体裁が保てなくなった直後、家族ごと引っ越したり、心愛さんの学校を転校させたりしている。要するに「悪事がばれたら、いま所属している社会から去る」行為を繰り返している。
沖縄では、家族ごと逃げたのに、千葉では、子どもの転校だけだったのは、血縁関係やご近所との関係が、沖縄よりも、千葉のほうが、薄かったからだろうか。
▼おそらくこの父親は、学校や教育委員会に常軌を逸したクレームをぶつけ続け、わずかなアラを見つけては、ありとあらゆる手段を使って、全精力を傾けて攻撃し続けたのだろう。
父親は「何か」を保つために「命をかけていた」「自分という存在のすべてをかけていた」のかもしれない。
そうであれば、娘を虐待死に追いやった今になってすら、悪いことはしていない、という認識だとしても、理解できる。そして、もしそうであれば、小学校の教師や教育委員会や児相の人間が太刀打ちできる可能性は低い。
日本全国の児相や教育委員会の人たちのなかには、苛烈(かれつ)なストレスに襲われている人がいるだろうが、法律を盾に「わけのわからない理屈」を振り上げて、「意味不明で無意味で理不尽な加害行為をする人」に対しては、法律の素人ではなく、法律のプロが対応するのが最も価値的な解決策だと思う。具体的には、校長や教育委員会や児相の職員たちが、あの父親から猛烈な脅しを受けていた時、隣に弁護士がいればよかった。(つづく)
(2019年2月6日)