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4月の日曜日「バスに乗る。イオンに行く」

 近所のイオンモールに行くために電車で一駅移動したあと、久々にバスに乗った。移動時間は合計で二十分くらいと、『近所』の概念が微妙に揺らがないでもない。でもまぁ、近所といえば近所、という感じ。普段からあまりバスには乗らないので苦手意識がある。どのタイミングでスイカをタッチするのかも判らない。幸い直通なので、待っていれば目的地には着くから、降り方とか色々と判らなくても、一旦は大丈夫そうだ。でも、ちょっと不安。

 なのであまり乗り気ではなかったものの、最寄駅にあったフランチャイズ系の写真スタジオが閉店し、そのイオンモールの店舗に吸収されたため、仕方なく行く。娘の一歳の写真をそこで撮っていたため、そこに行くしかない。というのも、去年そこで、計三枚の写真が収まるアルバムを買ってしまったのだ。一年に一枚ずつ、三歳で完成するまでは、そこに行かなくてはならないのだ。

 バスを待つ。駅のロータリーのバス停なので、屋根もベンチもある。三人掛けのベンチの真ん中はラミネートされたA4の紙が貼られていて、ソーシャルディスタンスと書かれいる。ベビーカーに娘を乗せて、両端に僕と妻が座る。娘は最近、保育園で覚えてきた『チューリーップのうた』を朧げながら歌う。うろ覚えなので、僕がリードするように歌うと、「パパダメ! ココがうたう!」と怒られてしまう。娘は自分の名前がまだはっきり言えないので、『ココ』と言う。それがまた可愛い。

 娘が生まれてからすっかり人が変わってしまった僕だが、生まれてこのかた培ってきた捻くれた性格はそう簡単に治るもんじゃない。でも娘が可愛いから休日のイオンモールにだって行く。そういうもんだ。

 今思えば、バス停のベンチで待っているあいだ、一緒に歌を歌っているときにも遠くの方から「うっせぇな」的な女性の声が聞こえていたのだけれど、持ち前の図太さで無視をしていた。別に大声で歌っていたわけではない。けれど、バスに乗り込んだとき、先に乗ったその中年の女性が僕らを見て、「うるさそうだから、移動するわ!」と大きな声で独り言のように言い、後ろの席へ移動していった。うわぁ、こういうヤツほんとにいるんだ、と僕は思った。この二年間で、こうやって三人で出かけることや、僕と娘だけで出かけたこともたくさんあるのだが、こんな風に明らさまに悪意(敵意?)を向けられたことはなかったので、少々面食らってしまった。もちろん、ネットとかツイッターで、その手の話題を見かけたことはあったし、世の中にはそういう種類の悪意的なものがあるのは知ってはいたけれど、実際に遭遇したのはこのときがはじめてだった。
 気にしないように努めていたけれど、席に座って数秒もしないうちにイライラしてきてしまって、「だったら耳栓でもしてろやクソボケ」と心の中でつぶやいてしまった。それだけじゃ飽き足らず、ここには書けないあんなことやこんなことをソイツの耳元で延々と囁いてやろうかと思った。脳裏にはレクター博士が浮かんでいた。あぁ、可哀想な囚人ヒッグス。

 とまぁ、今こうやって自分で書いていても痛々しすぎて恥ずかしい。もう人の親なのだ。しっかりしないと。しかし、自分の親も、こういった未熟さを内面に抱えていたのだろうか。きっとそうだろう、とは思うものの、それにしても自分は未熟すぎやしないだろうか、とちょっと凹んだ。

 撮影はなんだかんだで一時間強かかり、終わった時には思わず娘に、「おつかれさま」といってしまった。計四着の衣装での撮影をこなし、モデルさんの仕事みたいだった。カメラマンの女性が笑顔を引き出そうと、頑張ってくれていたけれど、慣れない環境と状況からの緊張で、表情は硬かった。それでも時折、良い笑顔で撮れた。ただ、どの写真を残すかの選定をしているころにはすっかり集中力がなくなってしまったようで、しきりに「もういこう、あっちいこう」というので、その場は妻に任せ、僕らはその辺を一周することにした。

 ゲームセンター的なコーナーにアンパンマンのゲームがあったので、娘とやる。ウォーリーを探せの簡易版みたいなもので、一分くらいのプレイに200円も取られてしまった。いや、いいんだけどさ。最後にカードが一枚出てきた。娘は喜んでいた。

 戻ってきた妻と合流してシェーキーズでピザを食べた。初めてのシェーキーズ。聞けば、娘は以前にばあばたちと来たことがあるという。じゃあ、僕だけが初めてだったのか。二歳の娘は初めてのことだらけだけど、僕にもまだ初めてのことはあるんだなぁ、となんだか不思議な気持ちになった。


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