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大義あるミッションを持つ

一昨日(12.27)の大学同期クラス会の忘年会を最後に、今年のアポイントは全て終了した。
OUEN信念会の会費振り込みは、27日現在で110名。目標の300名にはまだ程遠い。30日(月)は銀行の今年最後の営業日であり、何人かの方から振り込みがあるだろう。あとは年が明けてから開催日(1.25)の前日まで、コツコツコツコツと"アヒルの水搔き"をする。何とか300名にまで持っていきたい。勝算ありと思っている。できると思うことだ。思えば叶う。

今は、まだ12月28日11時50分。昨夜は、BSで「男はつらいよ」~私の寅さん~の初めを視聴した。マドンナは岸恵子。第12作。公開日は昭和48年12月26日。私が大学3年生21歳の頃だ。ちょうど51年前。半世紀以上も前の映画だ。
途中まで観ていたが、マドンナが登場する前に眠くなって床に就いた。何か大切な用事があるときは眠くなることはない。そうでないときは20時前に睡魔が襲ってくる。これが私の習い性になった。全て心のせいなのだろう。

そして、いつもは3時前に目が覚めるのだが、この日はその日の10時過ぎに目覚めて、それから寝床でウトウトして、それでも眠れないので11時過ぎに事務所に出かけた。

事務所では、blogを書いたり、NHKのラジオ深夜便を聴いたり、その他作業をして、眠くなったら徒歩2分の自宅に帰って眠ればいい。
29日は日曜日で何にもない。自然と眠りたくなるまで起きていることでマイナスのストレスは溜まらない。

そして、稲盛和夫さんの"経営12カ条"に思いを致した。経営者として失格者の私ではあるが、稲盛哲学を学ぶことで、私の足らずをカヴァーしてくれる方策をあれこれ考えることができるし、何よりも人間として大きく成長することができる。すなわち、稲盛哲学は私のバイブルになっているのだ。

【経営12カ条】
世の複雑に見える現象も、それを動かしている原理原則を解き明かすことができれば、実際には単純明快であるとの考えの下、「どうすれば会社経営がうまくいくのか」という経営の原理原則を稲盛の経験をもとにわかりやすくまとめたのが「経営12カ条」です。

経営というと、複雑な要素が絡み合う難しいものと考えがちですが、物事の本質に目を向けていくなら、むしろ経営はシンプルなものであり、その原理原則さえ会得できれば、誰もが舵取りできます。

「人間として何が正しいのか」という最もベーシックで普遍的な判断基準に基づいている「経営12カ条」は、業種や企業規模の違いはもちろん、国境や文化、言語の違いまでをも超えて必ずや通じるものです。

その中でも、第1条の「事業の目的、意義を明確にする」が事を成すに全ての大前提だと思う。すなわち、"事業は、大義があるものでなければ成功しない"ということだ。

第1条 事業の目的、意義を明確にする

公明正大で大義名分のある高い目的を立てる

まず事業の目的、意義を明確にすることが必要です。なかには、お金をもうける、家族を養うといった理由で事業を始めた人もいるでしょう。しかし、それだけでは多くの従業員を糾合することは難しいはずです。事業の目的は、できるだけ次元の高いものであるべきです。言葉を換えれば、公明正大な目的でなければならないのです。

従業員に懸命に働いてもらおうとするならば、大義名分がなければなりません。崇高な目的、大義名分がなければ、人間は心から一生懸命になれないのです。
創業間もない頃、「事業の目的は何か」という問題に遭遇しました。従業員から「将来の待遇を保証しなければ、我々は会社を辞める」という要求を突きつけられたのです。
三日三晩かけてとことん話し合う中、企業を経営する真の目的は、現在はもちろん将来にわたって従業員やその家族の生活を守ることにあると気づかされました。
同時に経営とは、経営者がもてる全能力を傾け、従業員が物心両面で幸福になれるよう最善を尽くすことであり、企業は経営者の私心を離れた大義名分を持たなくてはならない、という教訓を得ました。

公明正大な事業の目的や意義があってこそ、従業員の心からの共感を勝ち取り、全面的な協力を得られます。また、経営者自身も堂々と胸を張り、全力投球できるようになるのです。

世のため人のために事業はあると言う。それを一つ覚えに唱えるだけではいけない。
具体的にどんな事業をするのか。その事業に大義はあるのか。より高い大義を持って行動することで、心は高まり、人間は成長する。
そして、多くの仲間たちがその人の下に集まってくる。私利私欲の下に人は集まってはこない。

私の今年の1年は、”能登に始まり、能登で終わった1年”だった。
それは事実というだけではなく、この1年で私のこれからの第二生のミッションが、”能登の復興、創再生の応援”であり、それは揺るぎない大義あるものであることを確信したことだ。

能登から日本全国へと拡げていく。そして、能登でお世話になった人たちには、いろいろな形で倍返し、三倍返しをする。

まずは、私が好球を投げること、そのお返しで好球が投げられてくる。そして、またそのお返しが倍返し、三倍返しだ。

稲盛哲学は、私の応援哲学とニアリーイコールだ。
稲盛哲学で、私の応援哲学は一層ブラッシュアップする。

大いなる道といふもの 世にありと思うこころは いまだも消えず(下村湖人)

不動院重陽博愛居士
(俗名  小林 博重)



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