行ってみました海津市歴史民族博物館
ある週末。
良い天気だったので、ドライブに海津市の歴史民族資料館に行きました。
大人になってからの方が興味深く見学できることがわかりました。
しかも、入館料も大人ひとり310円とリーズナブルでお金もかかりません。
さすが公共施設!!
親子で見学に訪れても楽しそうですね。
自由研究のネタもたくさん見つかりそうです。
大人も子供も楽しく学習できる素敵施設でした!
郷土史から幕末史に興味のある方にはぜひおすすめしたい!
施設のメインテーマは「輪中」と「高須藩」と「古墳」
輪中(わじゅう)とは
木曽川、長良川、揖斐川(木曽三川)の河口に集中する堤防に囲まれた低湿地帯の集落のことを指す。水害被害が昔から絶えない場所で、水害被害を避けるために水屋と呼ばれる高い石垣の上に倉庫や家屋を立てる家があるのが特徴。
高須藩とは
尾張徳川家の分家。
幕末での松平家の四兄弟は特に有名。二男慶勝(よしかつ)は尾張藩主、五男茂栄は(もちはる)は一橋家当主、七男の容保は会津藩主、八男の定敬は桑名藩主。
名古屋の小学校では小学校5年生の社会科で「輪中」をテーマに学習し、社会科見学にも行きます。(愛知県の施設だったはずですが場所までは覚えていない)
当時、学習を通じた感想は、
「水害は怖いと思いました」(小並感)
程度の感想w
せっかく名古屋に帰ってきたし、郷土史の復讐をするために資料館を訪れました。
薩摩藩と輪中
遠い薩摩(鹿児島)と東海地方との縁といえば、宝暦治水が有名です。
宝暦治水
幕府の命令により、宝暦4年(1774年)から宝暦5年(1775年)に薩摩藩によって行われた治水工事。難工事のため多くの薩摩藩士が死傷した。お祀りされている。
いまの我々が不自由なく生活を送ることができるのも、数百年前のご先祖が与えてくれたものだと改めて認識できます。
まして、幕府の命令でゆかりのない土地の堤防工事を懸命に行ってくれた薩摩義士達には頭が上がりません。
数百年先の子々孫々のために健全な国・国土を残したあの人達のように、いつかきっと私もなりたい。そう心静かに思わせてくれるような展示内容でした。
薩摩ひいきの妻も展示内容には深い興味を示していたようです。
幕末の薩摩藩の活躍から生じた妻の歴史への興味がこんなところにも派生してくれて私としては嬉しい限りです!
高須藩に関する展示
尾張徳川家のゆかりの深い高須藩に関する展示です。
個人的な見どころのポイントは
・お館の一部の内装を復元(広間と御書院)
・能舞台
の2点でしょうか。
能舞台は今でも使われているようです。
写真で残せなかったのが残念ですが、かなり見どころのある展示内容でした。
資料館の見た目のインパクト
駐車場に車を止め門を潜ると、、
定湿地帯の輪中の稲の生産手段だった堀田(ほりた)の再現展示を右手に望みながら、民族資料館が姿を現します。
「…これは城か?」
当たり一面の田園風景の綺麗な土地に、似つかわしくないどーんと鎮座する建物に驚がく。
高須藩も展示の主要テーマにしているので、そういう趣向なのでしょう。
これはこれで良い、、
要塞を思わせる外観。しかし内部はきちんと鉄筋コンクリート製のモダンな建物でしたww
公共施設なので、入場料も安く、地元の歴史や幕末の歴史まで学べるこの海津歴史民族資料館、ぜひオススメです!
おまけ
平成7年、今上陛下と皇后陛下が皇太子の時代にこの施設を訪れているようです。(新聞記事の切り抜きも受付に展示されていました)
個人的に行幸された施設の展示物を見られるのは何かありがたい気がしていて、見ていて嬉しくなります。あの感覚、好きです。