見出し画像

立志篇(2)

田野大輔(コーナン大学)

本棚を見よ!

雑誌で時々「本棚拝見」と銘打った記事を目にすることがある。有名な作家やアーティスト、俳優やタレントなどが自宅の本棚をバックにポーズを取りながら、愛読書への思いを語るといった趣旨のものだが、本棚にずらっと並んだ本の背表紙を見て、その人の読書傾向を知ることができるのも魅力になっているようだ。

しかし筆者にはどうしても納得がいかない点がある。この手の記事は、自分はこんな本を読んできた、こういう点に感銘を受けたなどと本の話をするばかりで、肝心の本棚にはほとんど言及することがないのである。筆者にとっては、その本棚は市販品かオーダーメイドか、材料にはどんな木を使っているのか、木材をどう接合しているか、塗装はどうしているかといった本棚の作りに関わる話のほうがよほど聞きたいことなのに、その期待が満たされることはめったにない。見出しに偽りありである。「本棚拝見」と銘打っているのだから、ちゃんと本棚を見るべきではないだろうか。

本棚を作る楽しさに目覚めてからというもの、筆者は四六時中本棚のことばかり考えるようになっている。自宅の書斎や大学の研究室に10架ほど本棚を作っても飽き足らず、次はどんな本棚を作るか、どこに本棚を設置できそうかと思案することしきりである。本やネットで情報を集めては、本棚の設計や材料、組立や塗装の仕方、使用する工具などを検討し、研究を重ねている。この目的でとくに参考になったのは、(TT)戸田プロダクション『清く正しい本棚の作り方』(STUDIO TAC CREATIVE、2009年)という本だが、その具体的な内容については、折に触れて紹介することにしよう(ちなみにこの本の内容はネットでも公開されている)。ともかくこうして研究を進めるなかで筆者の胸の内に募ってきたのが、本棚はもう自作しかありえない、既製品など使う気にならないという思いである。

既製品への不満

筆者がなぜこれほどまでに本棚の自作に取り憑かれているのか、不思議に思う読者もいるかもしれない。わざわざ自作などしなくても、手頃な本棚がいくらでも買えるではないか、そう思うのも無理はない。よほど大量の本に囲まれて暮らしているのでもなければ、市販の本棚で間に合うケースがほとんどだからだ。本棚を自作するのに費やす時間と労力を考えれば、割り切って既製品を買ってしまったほうが安上がりなことも多い。本棚の自作と聞いて多くの人が消極的な反応を示すのには、そうした理由もありそうだ。多少の不満に目をつぶれば既製品で何とかなるのに、自作などという面倒なことをする必要がどこにあるのか。

単刀直入に言えば、それは既製の本棚が大量の本を収納するのに適していないからである。『清く正しい本棚の作り方』の著者が指摘するように、また長年にわたって既製品を使い続けてきた筆者の経験からも言えるように、その欠点は次の5点にまとめられる。①天井まで届く高さがない、②幅が中途半端である、③奥行きが深すぎる、④材質が悪くたわみやすい、⑤地震で倒壊する危険がある。筆者の場合、既製品では増大する蔵書に対処できなくなったことをきっかけに自作に踏み切ったので、とくに①と②が問題である。限られたスペースを有効活用するには本棚の高さと幅を最適化する必要があるが、市販品にそれを期待することはできない。ジャストサイズで収納力の大きい本棚を手に入れるには、自作かオーダーメイドしか方法はない。

だが本棚のサイズについてはもう一つ、③の問題も挙げられる。多くの人が不満を抱いているはずだが、市販の本棚は概ね30cm程度の奥行きがあり、本を収納するには深すぎる。そのため本棚を設置するとやたらと部屋を圧迫してしまう。さらに困ったことに、こうした本棚は本の二重置きを誘発しがちでもある。奥行きがあるのでつい奥と手前の二列に本を並べてしまうのだが、そうすると後列の本は背表紙が見えなくなり、アクセスが著しく困難になる。これは本の死蔵を意味するので、何としても避けなければならない。蔵書を一覧可能な状態に保つうえでは、既製品は使い勝手が悪いのだ。

これらの欠点に加えて、④と⑤の問題も無視できない。量販店で売られている安価な本棚には、本を大量に収納するとその重さで棚板がたわみ、何かの拍子に崩壊してしまうようなヤワな作りのものが多い。コストを下げるために棚板に中空の化粧板を使い、しかも棚板を可動式にしているので、本の重量に耐えるだけの強度が不足しているのである。たわんだ棚板は見た目が悪く、何よりも本を落下させる危険があるので、棚板には丈夫な木材を使わなければならない。また可動式の棚は便利なように見えるが、最初に棚板の高さを適切に設定しておけば高さを変える必要はほとんど生じないので、強度の観点からも固定してしまったほうがいいだろう。

市販の本棚は強度が不足しているだけでなく、地震対策が講じられることも少ないようだ。既製品を使っている人のほとんどは、本棚をただ壁際に置いているだけで、地震対策を講じているとしても、本棚と天井との間に突っ張り棒を設置したり、本棚の下に耐震マットを敷いたりするのがせいぜいだろう。だがこれでは大きな揺れに耐えられず、倒壊してしまう危険性が高い。壁に金具でしっかりと固定するべきだが、そこまでやれる人なら本棚を自作するのもたやすいはずである。

理想の本棚を作り上げる喜び

本棚を自作すれば、これらの欠点をすべて解消した理想的な本棚を手にすることができる。天井まで壁をびっしり本で埋め尽くすことを可能にし、大量の本を収納しても棚板がたわまず、地震が来ても倒壊しない美しく頑丈な本棚。これを自由自在に作れるようになれば、蔵書の管理という必要が満たされるだけでなく、私たちの生活そのものも快適で充実したものに変わるはずだ。自分の用途に最適化された本棚を作り上げ、そこに蔵書をずらっと並べることで得られる悦楽、ある種の官能に働きかける喜びは、何物にも代えがたいものがある。実際、筆者も初めて本棚を製作した後、完成した巨大な本棚を見上げてはしみじみと達成感に浸ったものだ。

本棚という成果物がもたらす喜びだけでなく、ものを作るという行為に随伴する楽しさもある。本棚の製作に没頭していくうちに、やがてインパクトドライバーでネジを打ち込み、寸分違わぬ精度で木材を接合することにこの上ない充実感を覚えるようになる。本棚が必要で製作に着手したはずなのだが、いつのまにか製作すること自体が自己目的化してしまうのだ。筆者はいまや既設の市販本棚を撤去して、順次自作のものに置き換える段階にまで達している。

およそ趣味というものは何でもそうだろうが、本棚の製作は目的と手段を入れ替えてしまうほどの危険な魅力を有している。それに取り憑かれたら最後、もっと技術を磨いて高度な加工に挑戦したい、そのためにはこんな工具も欲しいなどと無限に要求水準が高くなっていく。まさに底なし沼である。もちろん本棚の自作にこれほどのめり込むのは奇特なケースだろうから、筆者としてもそこまでの熱意を他人に期待するつもりはない。

むしろほとんどの人にとっては、自作に踏み出すかどうかは既製品の欠点にどこまで不満を感じるか、その程度次第といったところだろう。それに加えて、住環境の問題もある。賃貸住宅に住んでいる人の場合、自作のハードルは上がる。本棚を壁に固定しようにも、壁に穴をあけることができないし、引っ越しの可能性があるので、ジャストサイズの本棚を作っても転居先ではその利点が活かせない。そうすると、既製品を買ったほうがいいということになる。

こうした用途に適しているのが、クールラックというスチール製の本棚である。手頃な値段で買えて作りも頑丈、ロングセラー商品で後から買い足すこともでき、組立と解体も工具不要で簡単といういいことづくめの本棚で、研究者の間でも人気が高い。それならばこの本棚でいいのではと思うかもしれないが、これも上記の欠点を免れてはいないので、筆者の目からするとやはり自作の本棚に軍配が上がる。賃貸住宅に適した自作の方法もあるので、クールラックで妥協してしまうのはまだ早い。ここではさしあたり、自作に勝る本棚はないということを確認するにとどめておこう。

(たの だいすけ)1970年生まれ。甲南大学文学部教授。専攻は歴史社会学。
著書『ファシズムの教室――なぜ集団は暴走するのか』(大月書店)、『愛と欲望のナチズム』(講談社選書メチエ)、『魅惑する帝国――政治の美学化とナチズム』(名古屋大学出版会)ほか。
ウェブサイト
Twitter:@tanosensei


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?