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ワインの繊細な香りに魅せられて

僕はまだ20代の頃、ワインはとてもおしゃれで洗練されていて高いお酒だとしか思っていなかった。

東京での会議が終わった帰り道、背伸びして新丸の内ビルのワインバーに入ってみた。

ワインが全く解らなかった僕は、カウンターでソムリエらしき人にお薦めを聞きながら鴨のコンフィと赤ワインをいただいた。

「マリアージュ(結婚)って言うんです。」

鴨を食べながらワインを少し口に含む。

赤ワインの香りが口の中で広がり、これまで食べていた鴨とはまた別の味わいを感じることが出来る。初めてワインを美味しいと思ったのは新丸ビルでの、このマリアージュの経験からだった。

僕はピノ・ノワールというぶどう品種が好きだ。

華やかで奥ゆかしく、とても女性らしい赤ワインだと思っている。そして、とても繊細だ。

京都の静かな路に面したワインバーヴィオラに足を踏み入れたのは本当に偶然の出来事だったと思う。

ヴィオラのソムリエである石井さんは僕より2つ年上のイケメン。背も高く甘いマスクでいながらイタリアワインのオタク。イタリアワインの大会で準優勝の経験を持つ、かなりイケてるソムリエで当然ながら女性客の人気が高い。

名前も知らないイタリアのぶどう品種の赤ワインを飲みながら僕は

「ワインの繊細なところが好きなんです。」

と石井さんに言った。

「大塚さん、それは大塚さんが繊細だからですよ。」

フランスワインが好きな僕は、この会話でイタリアワインバーの常連客となった。

「ワインは愚痴を言いながら飲むお酒ではないんですよ。ワイングラスを飲むとき顎をあげるでしょ。上を向かないと飲めないお酒なんです。」

嬉しいことがあったとき、仕事が成功したとき、僕はヴィオラに行ってワインを飲んだ。苦しいとき、誰かに裏切られた時も僕はヴィオラにいた。

ヴィオラで夢も語った。そして石井さんの夢も聞いた。

歳をとってヨレヨレになっても、くだらない話から大真面目なことまで、そしてお互い老けたね、なんて言い合いながらヴィオラのカウンターでワインを一緒に飲むんだろうな。

そう思っていた。

ヴィオラに通い9年目を迎えたある日「10月中に店を閉めます。」と一言LINEが届いた。

僕は理由を聞かなかった。

まだまだ出来るよ、とも言えなかった。

「石井さんとはずっと友達です。」

それだけ伝えた。

たぶん僕はヴィオラでの時間が幸せだったんだと思う。

悔しくて苦しいときだって、石井さんの言うとおり上を向きながらワインを飲んだ。ちょっと涙ぐんた後、繊細なワインの香りに励まされて僕は前を向けた。

そして今日、僕は最後のヴィオラに行く。ありがとう、と伝えに行く。

今から確信を持って言えることがある。

今日飲むワインの味は一生忘れない。

ありがとう。

追記:このnoteは石井さんへのお手紙。そして、撮影は写真家の幡野広志さん。

恥ずかしながらも読んでもらって、それから、一緒にワイン。

この夜は3人で楽しい時間を過ごしました。

#ワイン #エッセイ  

こぼれ話と他の写真にも興味があれば以下もどうぞ。

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