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自家製ツナ、はじめました

食いしん坊3児ママによる、朝ごはんエッセイ連載。おいしさも栄養も作る楽しみも全部叶える、執念の朝ごはん。


外食の際のメニュー選びが、とにかく下手である。

時間をかけて悩み、えいや! とオーダーした瞬間、「やっぱりアッチがよかったかも……」と後悔し、しょんぼり皿をつつく。ウキウキできるはずの外食なのに、こんなに悲しいことはない。


その日はパスタに悩まされていた。

チームに新しいメンバーが加わったので、お昼にみんなで職場近くの洒落たイタリアンに出向いたのだ。

看板に掲げられてる日替わりメニューには「自家製ツナのオイルパスタ(をイタリア風に表記したやつ)」とある。

自家製……ツナ……?


見た瞬間、思った。「出会ってしまった」と。
間違いない。今日この店に来たのは、運命だ。


ツナには、「すべて缶あるいはパウチの中で、迷わず画一的に生きてきました」という、量産型ならではの安定感がある。生まれも育ちも加工品。

そこに自家製という単語が加わると、一気にブレの美学と温もりが滲み出てくる。

考えてみれば、ツナってまぐろ(たまに鰹)なんだよね。そりゃあ、いろんな個体がいるはずだ。この店のツナは、どんな個性を持ち合わせているのだろう。ぜひお会いしてみたい。


しかし。

はじめて見るシズルワードに心奪われたものの、オイルパスタであるという点が、私を悩ませていた。

自家製ツナは気になる。
一方で、ツナが「こいつらダチなんで」と引き連れてくるであろう大量のにんにくと油を受け入れられる自信がない。

普段からペペロンチーノに近しいものは避ける傾向にあるわたしと、オイルパスタ界に属している自家製ツナ。両者の間には、あまりにも決定的な壁があるのだった。


店員さんがテーブルにやってきて、みんなのオーダーを取りはじめる。

「日替わりで」「ラグー」「わたしも日替わり」「日替わり、もう一つ追加で」……やはり圧倒的に、日替わりが人気。私が感じた運命を、みんなも感じていたのかもしれない。


どうしよう……。
いっとくべき? 迷いが生じるならやめておくべき?


迷っている間も、時間は容赦なく過ぎていく。

私は覚悟を決めた。
そう、正解を選ぶのではない。選んだ答えを正解にしていくのだ。

一瞬でも迷いが生じたなら、その直感に従うべきだろう。今日はそうだな、無難なクリームパスタあたりにしておこう。自家製ツナとは縁ができた。ただ、手を取り合うのは今日じゃない。

「日がわ、いや……クリームパスタで」

きっと数分後、今自分が下した決断に満足するだろう。そう信じて、わたしはメニュー表を閉じた。




「お待たせしました、日替わりでございます」

テーブルに運ばれてきた自家製ツナのパスタを見た瞬間の衝撃は、いまだに忘れられない。わたしの覚悟と希望はこっぱみじんに吹き飛んだ。卓を囲んだメンバーたちのどよめきと歓声が上がる。

ごろっと大胆にほぐされたまぐろは、誰もが焦がれる圧倒的スターだった。ツナという単語には含ませられないほどの風格が、皿の上に鎮座していた。

次々置かれていく皿の上で、ゆっくりくつろぐ自家製ツナ。たおやかで凛とした佇まいの堂々たるや。香草があしらわれたその様は、王冠に姿を変え、後世まで名を馳せそうなほどに光り輝いている。


やっちまった……!

もう、絶対コッチだったじゃん!



「自家製ツナって珍しいよねぇ」
「でも、おいしいねぇ」

キャッキャと食べはじめる日替わり勢たちの無邪気な喜びが、より後悔の念を強くする。彼らの皿を見つめるわたしの目は、ビキビキと血走っていたことだろう。



午後は仕事どころじゃなかった。
自家製ツナのことで、頭がいっぱいだった。

「今ちょっといい?」と声をかけられようものなら「あ、無理です。自家製ツナ中なんで」と、うっかり口に出してしまいそうだった。

自家製ツナを食べたい!
自家製ツナを、絶対に食べたい!!
誰の自家製でもいいから、食べたい!!!


「誰の自家製でもいいから」というのはやや投げやりだが、30ウン年生きてきて、やっと出会えたのだ。次にお見かけするのがいつになるかわからない。

子どもが産まれ、洒落たお店に行く機会はとんと減ったし、そもそも普段はお弁当生活なわたしである。このまま一生会えない可能性だって、否めないんじゃないの……?



……作ろう。

運命は、自分で迎えにいく。
「誰かの」じゃなくて、自分の自家製で、わたしは人生を切り拓くのだ。



レシピを調べてみると、自家製ツナは意外と簡単にできることがわかった。ざっくり言えば、塩で下味をつけたまぐろを、にんにくや好みのハーブと一緒にオイルで煮る、これだけなのだ。王者の風格を持ちながら、実にフレンドリーである。

そうとわかれば、あとは行動あるのみ。
さっそくスーパーでまぐろのサクを買って帰宅する。

まぐろに塩をして20分。
水分を軽く拭き、オイルやハーブをしいた琺瑯バットに入れて、そのままコンロに乗せて火をつける。

この状態でスタート


上下をひっくり返して15分ほど加熱し、オイルが冷めてから味見をしてみると、海の奇跡がそこにあった。

魚特有の臭みはハーブというシゴデキ天使によって見事に消え去っている。重厚感がありながらスッと引いていくような後味のよさは、くるものを拒まない寛容さがある。


さて、どう食べようか。
パスタもいいけれど、夕飯の準備はすでにしてしまっていた。せっかくだから、明日の朝、子どもたちを喜ばせたい。ツナのなんたるかを、身をもって体験してほしい。


彼らが大好きなツナといえば、そう。ツナマヨおにぎりだ。

自家製ツナで作るツナマヨなんて、贅沢すぎやしないか……? そうも思ったけれど、その贅沢が楽しめるのも、自家製のいいところだろう。


一晩寝かせ、しっかり旨みを吸ったツナに、これまた旨み爆弾のマヨネーズをほんの少しだけ。今回は、ツナの味わいを最大限に生かしたい。さらにたらりと醤油をかけて、粗くほぐす。

合わせるのは刻んだおかひじきだ。これで、シャキシャキした食感も楽しめる。大葉で味を引き締め、さらにごまで食感と香りを足す。


ちょっとちょっとォ。
料亭のしめに出てきてもおかしくないんじゃないの? これ!

味見で一気にテンションが上がる。

朝ごはんがツナマヨおにぎりだと悟った子どもたちは、握る側から「もう待てない!」というように、手を伸ばしてくる。真っ先におにぎりを手にし、海苔で巻き、ガブっとかぶりついたツナマヨ狂の長男(8歳)。


「……どう?」と聞くと、「んー、まぁまぁ」。

まぁまぁ、か。

少し拍子抜けしたけれど、いいのだ。
君が好きなコンビニのツナマヨ、おいしいよね。企業努力のかたまりよね。

ただ、好きな割に、肉か魚かもあやふやで、「シーチキン」という食材(姿形は不明)なのだと認識していた子どもたち。そのツナの正体がまぐろなのだという事実を、ぼんやり知れただけでもいい。加工品も、自分で作る手段があるのだと、そう体感できただけでも、十分一緒に味わう意味がある。

なにより、自家製ツナは、わたし自身をワクワクさせてくれた。結局自分が楽しみたくて、わたしは何度でもキッチンに立つのだ。


まぁまぁだな、と言いながら、長男はいくつもおにぎりをおかわりした。


朝、贅沢ツナマヨおにぎりではしゃいだあとは、好みに寄せた念願のパスタで、自家製ツナを堪能した。

サラダや和え物などにしても、毎回K点を超える味わい。ツナを煮たまま漬け込んでいるオイルも、ガーリック&ハーブオイルとして、フル活用できる。こういうのも、自家製ならではのお楽しみである。

鰹バージョン
残ったオイルもおいしい


すっかり自家製ツナが定着したわが家では、すでに何度もリピート中だ。まぐろだとあっさり食べやすく、鰹だと癖はあるが濃厚。子どもの食べやすさや、朝のメニューに合わせる場合は、まぐろを使うことが多い。


相変わらず外食時のメニュー選びは、スマートにはいかない。

ただ、「やっぱりアッチだったかも……」と後悔しても、家で作ってみるという救いがあると、少し心が楽である。

もちろん、プロの味には遠く及ばないけれど、自家製ならではの楽しみに昇華できるなら、それもまたよし。

成功体験を積んだわたしは、前よりも少し強い気持ちで、メニュー選びと向き合えるようになっているのである。




🍚 back number 🍞
【1皿目】秋の始まりと、ドラゴンフルーツ
【2皿目】希望のピザトースト
【3皿目】とりあえず、かき玉汁
【4皿目】やさぐれた日の、豆腐白玉だんご
【5皿目】やっぱり、大根葉ふりかけ
【6皿目】 アンパンマンと鯖缶のカレートースト
【7皿目】いくら丼をめぐる食い意地と、秋の心理戦
【8皿目】5分の煮りんご風ジャム
【9皿目】モテたい人のための、七草グラタントースト


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