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非モテの女性フェミニスト、存在しない説【マズローの欲求5段階理論】
はじめに
女性フェミニストに対する中傷としてよくあるのが、「フェミニストはブサイク」、「男性からモテないから社会に対して文句を言っている」といった言説である。しかし本記事では、マズローの欲求5段階理論に基づいて、フェミニストがモテないというのは、「本物の陽キャは陰キャにも優しい」同様、弱者男性が作った都合の良い幻想であるという説を唱えたい。フェミニストに対する批判として「フェミニスト=非モテ」という決めつけは安直である。
マズローの欲求5段階理論における恋愛の位置
マズローの欲求5段階理論とは、人間の欲求を生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求という5つの階層に分けて説明する理論である。この理論では、低次の欲求が満たされると次の欲求が現れるという法則性が説明されている。
この理論に基づくと、恋愛はどの段階に位置づけられるのだろうか。まず性欲そのものは、第1段階:生理的欲求であろう。食欲や睡眠と同様、種の存続のために必要不可欠な欲求である。また生殖行為や家族を築くことを通じて安定や安全を確保するという意味では、第2段階:安全の欲求である。恋愛を通じて他者との親密なつながりや充足感を得たいという欲求は、第3段階:社会的欲求である。
まとめると、恋愛を通じて第1段階~第3段階までの、低次の欲求が満たされるのだ。
フェミニスト活動は高次元の欲求である
一方で、フェミニストとして声を上げ、発信し、活動することは第4段階:承認欲求、第5段階:自己実現欲求であろう。
フェミニスト活動を通じて、他者から尊敬を得たり社会に認められことで承認欲求が満たされ、「自分の使命」「人生の目的」として取り組むことで自己実現欲求が満たされるからだ。
いずれも恋愛よりも高次な欲求である。
低次の恋愛欲求すら満たされない人間は、フェミニストにならない
よってマズローの欲求5段階理論に基づくと、恋愛の欲求すら満たされていないのに、フェミニスト活動をすることはあり得ないといえる。平易な言葉で言い換えると、自分の恋愛すらままならない人間は、社会を変えるための行動はわざわざ起こさない(起こす余裕がない)のではないか。
具体的に考えてみても、女子大生でフェミニストっぽい学生団体に所属している人は、早慶とか上智とかの高学歴で、ある程度容姿がよく、コミュニケーション力が高いイメージがある。きっと彼女たちはこれまでの人生で普通に異性との交流も多く、恋愛をしてきただろう。私から見ると明らかに「リア充」である。彼女たちは行動力があるため、その点を魅力に感じる男性は一定存在するはずであり、高学歴大学ほど男女比が偏っているため、「オタサーの姫」的なポジションで、なんなら普通以上にモテそうである。
↓例)慶応大学のジェンダーサークル(この人たちは「フェミニスト」とはちょと違うかもしれないが)
逆に、女子高から女子大に進学して、これまで男性との接点がありません、といった「モテない」タイプの女性が、フェミニストになっているイメージは無い。
まとめ
「フェミニスト=非モテ」という決めつけは安直であることを、マズローの欲求5段階理論に基づいて説明した。むしろ非モテとは言えない人が多そうである。フェミニストはブサイク、といった安易な幻想で自分をごまかすべきでない。現実をみて、強者男性を目指そう。