蟻とガウディのアパート 第15話(第二章)
「1988年12月11日」
久しぶりに小さなフナが釣れた。
洗面器の中に泳がせて見入っていると、パコが2歳になるアドリアンを連れてやってきた。
パコは、「おととだよ!さかなちゃんだよ!ほらほら。」と無邪気に息子に話しかけている。
フナは、自分の住む世界が突然狭くなってしまったことに戸惑っているのか、せわしなく動き回っている。
そこにサルバがやってきた。
フナを一瞥するとニヤリと笑い、「こいつがヒターノだったら、育てたら太るぜ。」と言いながら、パンくずを撒いた。
パコは、「おまえひとりじゃ寂しいだろう。いま友達を連れてきてやるからな。」
と言い残し、釣り竿を手に取って勇ましく川に向かっていった。
しばらくして、サルバの奥さんが小さなフナを釣った。
洗面器に二匹のフナ。
パコが言う。
「見てみろよ。こいつら何か話し合ってるぜ。」
サルバがうなずく。
「こいつら兄弟なんだよ。 新しい方が古い方に、『おい、おまえのために来てやったんだぞ』って、恩を売ってるんだ。」
またサルバの奥さんが釣った。こんどは大きいヤツ。
「ハハーッ! 母親が釣れた!」
と、パコが興奮気味に叫んだ。
二匹の兄弟が洗面器にやってきた母親と交わすであろう会話を思い浮かべたのか、パコは満足そうにニコニコ笑っている。
その様子を尻目に見たのか見ないのか・・
サルバドールは網から取り上げたその大きいのを、躊躇せず地面にたたきつけた。
わずかな間があったのは、パコが吐く息と吸う息の順番を確かめたからなのかもしれない。
身をくねらせるフナからサルバドールに視線を移すと、パコは本気で怒鳴った。
「なんてことするんだ、キチガイ!」
サルバはその横顔をパコに向けたまま、厳かに言った。
「これは飼い猫のエサにする。魚は猫のエサだ。」
世の中、そういうことになってるんだと言いたげだった。
パコはそのあとも悲しそうにぶつぶつ呟いていた。 そして残った二匹を川に戻してやった。
「だって、可哀想じゃないか。」
夕暮れになり、パコの新しい、いわくつきの車に乗って帰った。 サルバの奥さんの手には、茹で上がったフナを入れたビニール袋がぶら下がっていた。
*当時、リングノートに書き付けていた日記を改稿したものです。