おおつかゆみ

芸歴35年のフラメンコダンサーです。(2024年現在) フラメンコダンサー、鈴木時丹の母。 エッセイ・物語・詩/ 幻想と現実 これらが境目なく混在する自伝を投稿します。 「蟻とガウディのアパート」と、タイトルを付けました。

おおつかゆみ

芸歴35年のフラメンコダンサーです。(2024年現在) フラメンコダンサー、鈴木時丹の母。 エッセイ・物語・詩/ 幻想と現実 これらが境目なく混在する自伝を投稿します。 「蟻とガウディのアパート」と、タイトルを付けました。

最近の記事

蟻とガウディのアパート 第19話(第二章)

「第三の目」  人の眉間には、第三の目があるという。  大雨が去った後、壮大な夕焼けが空に描かれているのや、 大地震の爪痕を目の当たりにすると、 その腕の中に生き物も自然もすべてを抱え込んだ何者かが居られると思わずにはいられない。  空を見上げる。 「無」の中に、地上から消えてしまった、たくさんの命が浮かんでいる。 会えなくなった人や猫の顔を探そうと、第三の目を凝らす。  その日、ファルーコの孫にあたるJuanは、真っ白いスーツで舞台に現れた。  眉間にある目はだれか

    • 蟻とガウディのアパート 第18話(第二章)

      「形見」後編  次のレッスンの日、景品でもらったソーイングセットから縫い針を一本取り出し、薬局で買った消毒用アルコールを布袋に入れて、スタジオに向かった。  レッスンが終わると、ファルーコは一階のバルから氷をもらってきてくれた。 私は椅子に座って耳たぶに氷を当てた。  彼は、愛用のmechero(ライター)で針を炙りながら話してくれた。 「これまで、娘たち孫たち全員の耳に、ワタシがピアスの穴を開けてきた。 心配しなくていい。」 「はい」 「耳たぶのこのあたり?」 「はい」

      • 蟻とガウディのアパート 第17話(第ニ章)

        「形見」前編  当時、マドリッドとカディスを結ぶ在来線の時刻表は、体裁ばかりのものだった。 30分や1時間待ったとしても、なんの違いがあるんだ、と言い含められるような時間の流れ方だった。 駅のベンチは、いつ到着するのかわからない電車を待つ人の社交場となることがあった。  レブリハでコンチャのレッスンを受けた帰り、いつものように駅のホームで電車を待っていると、ハンチング帽をかぶったおじちゃんが、私を見つけて話しかけた。 「チニータ(中国人の女の子)、ここまで何しに来たの?」

        • 蟻とガウディのアパート 第16話(コーヒータイム③)

          Un rato de café (コーヒータイム③) 生きる と 食べる 生きる と 働く 生きる と 遊ぶ シーンの変わり目を見極めるやいなや、 彼らは素早く直感的に行動します。 そこにフラメンコが宿っていました。  もうじき2024年の12月11日がやってきます。 当時の日常の一コマを再現したら・・? サルバドールはフナを猫のエサにしなかったかもしれません。 もし彼らの猫が、キャットフードを食べ慣れていたら。  時代の変遷とともに、小さな命にまつわるドラマはどんどん

          蟻とガウディのアパート 第15話(第二章)

          「1988年12月11日」  久しぶりに小さなフナが釣れた。  洗面器の中に泳がせて見入っていると、パコが2歳になるアドリアンを連れてやってきた。 パコは、「おととだよ!さかなちゃんだよ!ほらほら。」と無邪気に息子に話しかけている。 フナは、自分の住む世界が突然狭くなってしまったことに戸惑っているのか、せわしなく動き回っている。  そこにサルバがやってきた。 フナを一瞥するとニヤリと笑い、「こいつがヒターノだったら、育てたら太るぜ。」と言いながら、パンくずを撒いた。 パ

          蟻とガウディのアパート 第15話(第二章)

          蟻とガウディのアパート 第14話(第二章)

          「1988年 11月某日」  25歳になった私は、スペイン南部に位置するセビージャでひとり暮らしをしていた。 毎週日曜日になると、グアダルキビル川のほとりにある、サルバドールのフラグアに入り浸った。   サルバドールはヒターノで、彼らが古くから得意としてきた鍛冶屋の仕事をしている。  向こう岸には、牛が群れているのや、昔ヒターノ達が住んでいた部落の跡が見える。 水たまりにロバが水を飲みにやってくるようなところだ。  サルバが連れてくる飼い犬とじゃれたり、川に釣り糸を垂ら

          蟻とガウディのアパート 第14話(第二章)

          蟻とガウディのアパート 第13話(第二章)

          第二章 スペインの地上にいたころ 「フラメンコ」 真っ赤な怒りと 真っ黒な絶望が 胸の中で焼ける時に立ち昇る、 真っ白な煙のこと。 肯定するためのエネルギー。 一瞬に立たされた人の覚悟。  前も後ろも見ず、今に自分を投じること。  

          蟻とガウディのアパート 第13話(第二章)

          蟻とガウディのアパート 第12話(第一章)

          「シャボン玉」  父という車には、アクセルしか搭載されていなかった。 しかたなしに、母が身体まるごとブレーキ車になった。   ブレーキ車が到着するのは、おおかたアクセル車が大破したあとだった。 母は、黙々と残骸を片付けた。 私は母の傍らに座って、その横顔を盗み見た。 母は、胸の中からシャボン玉のように吹き出してくる何かを奥歯で噛み潰し、飲み込んではお腹に沈めているように見えた。 まれに、アクセル車の行く手を、もう一方が身を放り出して阻むことがあった。 私は大きくなったら、母

          蟻とガウディのアパート 第12話(第一章)

          蟻とガウディのアパート 第11話(コーヒータイム②)

          Un rato de café ② (コーヒータイム)  どうにも気になって、市立図書館に調べに行きました。 保健所はどんな建物で、どんな歴史を辿ったのだろう? 祖父母のことを知りにいくような、ワクワクした気持ちになりました。 大正4年(1915年)、その土地に県立病院が建てられたこと、 のちに細菌研究所になったことがわかりました。 そこに保健所の機能が持ち込まれたと読み取ってよいのかは、判然としません。 該当すると思われる建物の写真を、一点だけ見つけることができました。

          蟻とガウディのアパート 第11話(コーヒータイム②)

          蟻とガウディのアパート 第十話(コーヒータイム①)

          「Un rato de café (コーヒータイム)①」 見出しの写真は、当時から55年後(2024年)に撮影したものです。  60歳になった私が日々親しむ散歩コースに、その公園はあります。 ゆるやかな坂の途中にあるので、勾配に適応するために、公園東側のレンガの壁は残されていたのです。  様子から推察して、保健所跡地はおそらく昭和の元号のうちに分割され、公園と建物に姿を変えたのでしょう。  1974年に引っ越しをするときには、まだ保健所跡地は放置されていました。 引っ越

          蟻とガウディのアパート 第十話(コーヒータイム①)

          蟻とガウディのアパート 第九話(第一章)

          「保健所跡地トンネル」  保健所跡地の東側は、幅の狭い道路に面していた。 高く造成された土地の土台と、二階屋の店舗に挟まれ、いつ通っても薄暗い道だった。  土台はレンガを積んで固められおり、何の用途かわからない穴がいくつも開いていた。 穴からは、鉄錆色の水が滲み出ていた。 私は、昔大人は、この穴に鉄砲を隠していたのだろうと思っていた。   いくつもの銃腔がこちらを向いているように見える日は、そこを足早に通り過ぎた。 土から水を抜くための穴だとわかったのは、ずいぶん後のこと

          蟻とガウディのアパート 第九話(第一章)

          蟻とガウディのアパート 第八話(第一章)

          「きせもと」  重たい扉を押して、その店に入るのが好きだった。  ラーメン屋きせもとは、カウンターの中にいる老夫婦が幼稚園児をにこやかに迎えてくれること以外、一切が普通のラーメン屋さんとは違った。  壁二面には棚がしつらわれ、おびただしい数の置物が並んでいた。  東アジアの工芸品や日本の骨董品だったと思う。   細い首筋の上に乗せた小さな顔に切れ長の目尻を描いた人形  唐草模様の陶器  ピンク色の花が染め付けられたアルコールランプ等々 それらの横顔を、円錐形の傘を

          蟻とガウディのアパート 第八話(第一章)

          蟻とガウディのアパート 第七話(第一章)

          1.トンネルの入口 「タイルのかけら」  昭和40年代初期、自宅の近くに保健所の跡地があった。   衛生上の理由なのか、その敷地は近隣民家の屋根を越えるような高さに造成されていた。 車が往来する道路から、南東方向に伸びたS字の坂を駆け上がる。   カーブの左側に並んだ桜の木の、最後の一本が左目の端に見切れると、右手に荒涼とした視界が開けた。    美容院の先にあった空き地は、道路や建物に囲まれていたが、ここは黄色っぽい土のほかは何も見えない。空は棚ひとつ分低く見える。

          蟻とガウディのアパート 第七話(第一章)

          蟻とガウディのアパート 第六話(序章)

          「背広姿の男」2/2と目次  明けない夜の中で、私は幼い日の夏の境内を思い浮かべた。  天を仰いでもぞもぞと手足を動かす蝉や、しゃがんで見上げる樹木はすぐそこにあったが、触れることはできなかった。   目を落とし、灯りに照らされた自分の手をさする。  あの抜け殻は、今ごろどこを旅しているだろう。 成長していく私を包んでいたマントのようなもの。  マントを失い、私の身体はずいぶん頼りないものになった。 身体の中に、あの虫かごが透けて見える。  長い年月をかけて虫かごを漆喰で

          蟻とガウディのアパート 第六話(序章)

          蟻とガウディのアパート 第五話(序章)

          「背広姿の男」1/2  あるとき、背広姿の男性がベンチに近づいてきた。  (この人も、私のベンチの前で立ち止まるのかな。 あの車掌みたいに。) 男は私の目の前で足を止め、首を左に回して尋ねた。 「おおつかさんですね。」 (やっぱり。) 「はい」と私は答えた。  彼は私の正面に身体を向けると、ショルダーバッグから通帳のようなものを取り出して、ページを広げた。 「おおつかさんは左右の使い方が偏っています。 すり減っている方が、マイナスです。  描いているべき地図も描いていませ

          蟻とガウディのアパート 第五話(序章)

          蟻とガウディのアパート 第四話(序章)

          「乗り換え」3/4,4/4  遠くの山で閃光を放つと、提灯のような黄色い灯りがふたつ現れた。 それは少しずつ、こちらに近づいてくる。 どうやら列車のヘッドライトのようだ。  列車はふわっと浮き上がるとライトを下向きに構え、なだらかな放物線を描いて下降していった。  すぐに見慣れた暗闇が戻った。   ずいぶん下の方で、シューッと音がする。 私はそっと、プラットフォームの外側を覗き込んだ。  底知れない深さまで闇が垂れ下がっている。 私たちは、山の峰に立っていたのだ。  谷

          蟻とガウディのアパート 第四話(序章)