カタツムリのひとりごと投稿
「ペンネーム希望『火星に暮らすカタツムリの末裔』さんから、番組にお手紙をいただきました。こんばんは、ありがとうございます。火星での暮らしや思うところを書いていただいています。ではご紹介しましょう」
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おいらはカタツムリ。赤錆びた殻したカタツムリ。
見た目は石ころと変わらない。だから、どんな鳥にも見つからない。鳥だけでなく、いろんな生き物にもなかなか気づかれない。だから、まるで透明なカタツムリでいる気分。
これほど火星の大地と見分けられないなら、おいらたちは火星そのものだ、そう本心で思うんだ、大袈裟じゃなくて。「我は火星なり。ゆえに火星は我なり」って名言、君たちは知ってるかい?
それが俺たち何百代にもわたる古代カタツムリ哲学。だけど、最初に誰が説いた言葉なのか、誰も知らない。だって、誰も誰が誰かなんて気にしてないから。そんなの誰だっていいじゃない。
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俺たちのことをお気楽だって異星人たちは言うけれど、おいらはなんとも思わない。俺たちゃ火星そのものなんだもの。
どこをうろついたか忘れたね。美味しいものを食べたけど、なにを食べたか忘れたね。誰と会ったか覚えちゃいるけど、顔と名前がいつも一致しない。
カタツムリなんて、だいたいそんなもの。赤錆びた殻したカタツムリ。だいたい寝ているカタツムリ。
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乾いた風が大好きさ。朝の目覚めは風の音。殻の中にゴウゴウと吹き込むあの轟音を聞いていると、なんともいえない気分に包まれる。風の強さが変わるたびに、殻の笛は音程を変える。これがおいらのお気に入り。
俺たちみたいな石ころが音を立てるなんて、風情なものさ。荒らくれ大地のあちこちで「ひょおほお、ひょおほお」と響くんだ。仲間の居所も耳を済ませりゃ一目瞭然。脚をくいくいひねれば太古の言葉が蘇る。でも、すっかり古語になっちまって、なに言ってんだか自信がないけど。
さあ、転がろう。どこかの音楽家も歌うように、俺たちもごろごろ坂を登ってお仕事さ。なにをするのか知らないが、とにかく行くのさ、ごろごろと。
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だけど、他人のご機嫌をうかがうのだけは、どうも生まれてこのかた大の苦手。おいらは手も足も目も出なくなって、いつもニョロニョロあたりを這いまわる。ご機嫌なんて塩くらえ。
お仕事で忘れちゃいけないひとつのこと、それは信頼を裏切らないってこと、ただそれだけなんだ。ほうら、耳を澄ませば謀略なんて筒抜けさ。さあ、いつでもどこでもごろごろ転がって、「まあまあそんなもの」と言ってみな。これが異星人の苦手技。
おいらもそろそろおいとまさ。あとは誰かがやっている。足音なんてしないけど。カタツムリなんてそんなもの。それをとやかく言ったって、カタツムリだってことには変わりはない。おいらは鳥にはなれっこない。
鳥になろうなんて、思いすらしない。赤錆びた殻のカタツムリ。