さきとも

火星にこだわった物語を綴っています。アート全般に興味があるので、話といろいろつなげてみたいと思っています。時々、オリジナル音楽も貼っています!

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  • ようこそ、火星へ

  • 音楽コーナー

    「ようこそ、火星へ」に掲載した、オリジナル音楽ページだけを集めました。

最近の記事

メモを失くした男の思い出した些細な記憶について

昔、メモを失くした男が思い出していたのは、ほんとうに些細なことだった。スタンディングテーブルに軽くうつむき加減に佇む彼は、ホットコーヒーの香りが漂う店内でふと我に返った。あれほどメモの紛失を責められ職を追われたのだが、実際はメモは彼の手元に残っていた。誰も知らないことが当たり前のことのように。失くしたことになっていたのは、どうしようもない事情が火星の至る所に密かに口を開けていたことを、調査員だった彼が知ってしまったという事情によるものだった。そのことは誰にも打ち明けなかった。

    • エピローグ

      果てることのない小麦畑に降り立った火星人は、茫然として苦しい考えや儚い喜びや、それからたくさんの不安の映像を、心の片隅にぽっかり空いた穴に放りこんだ。 さらさらと麦穂の立てるさざ波に囲まれたことを、そして彼らと知り合えたことを、誇りに思った。ずっと、どうしても火星人には理解できなかったことがあった。あれほどお互いが憎しみ合い突き崩し合った彼らが、どうして自らの命を犠牲にしてまで火星を命溢れる星に再生させようとしたのか、という疑問だった。 やっと火星人は納得できた。その答え

      • 火星の海岸に打ち上げられたイルカたち

        来てから気づいたのでは遅かった。どんなに手取りがいい仕事でも、お金を有効に使えなければただの奉仕だった。 「昔は本を買っては読み漁っていたものさ」と髭もじゃのロンは自慢した。「どんだけ小遣いがあっても、本屋に行っては面白そうな本に使ったさ。読んでなくても本屋に定期的に通ったものだ。それがどうだい。火星には一軒も本屋がない」 ロンは読書という楽しみを失い、その代償に火星での過酷な開拓作業に体力を消耗していた。毎日がへとへとでくたくたで、共同住宅に帰ってシャワーを浴びれば、酒

        • セッテナーレ(Settenale)

          「本日のアートシーンは、最新の演劇の話題をお送りします。火星芸能を追って二十年のフリーライター、すみかすみさんにお越しいただきました。よろしくお願いします」 「どうぞよろしくお願いします。今回の演劇は、火星では珍しく屋外を舞台にして、砂と荒れ地だけのP7K4丘陵地でおこなわれたものです。舞台建築らしきものを一切使用しない開放的なものでした」 「その場所を衛星写真で確認すると、今でもまったく人の手の入っていない土地のようですね」 「その通りです。最近は火星でも珍しくなって

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        • ようこそ、火星へ
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        記事

          理想という病【SF短篇】

          ラジオはテレビより生き物に近い存在みたいだな、とハヅキはいつも思う。テレビのような視覚的な訴えかけのないところは、コトバを武器とする人間の意思表示にそっくりだ。それに心臓の鼓動のように放送の止まる日はなく、もし止まったとしても年に一度程度のメンテナンスの数時間だけに限られる。 マイクのスイッチを切って、次のパーソナリティと入れ替わる瞬間、彼女は声を奪われることの居心地の悪さにいつも襲われる。わたしが居なくなる世界で、別のわたしが知らないコトバでリスナーと交流しはじめるように

          理想という病【SF短篇】

          丘へ

          朝早く、フィリップ船長は丘を見に行った。とてもなだらかな傾斜を歩いていくと、ヒバリの鳴き声が聞えたような気がした。もちろんここが地球から遠く離れた場所だということを、彼は忘れていなかった。だから、鳴き声は風の音をうっかり聞き違えたか、靴底のたてる似た響きだったにすぎない、そう冷静に判断する理性を、彼はまだ持っていた。 行けども行けども赤い丘は続いた。どこまでも果てらしきものは見当たらず、これまで丘だと観測していた傾斜は、なだらかで巨大な山かもしれないと感じた。こんなことなら

          やっと通信網が復旧した。窓の外は嘘みたいに晴れている。でも、この世界にはサイレンが鳴り響き、この美しい晴れ間が一時的なものだと告げている。半日ぶりのラジオからは、リクエスト曲のシベリウスのトゥオネラの白鳥が流れていた。 近所の子どもたちの威勢のいい笑い声が、通り過ぎていった。僕は驚いて、急いで窓を開け、彼らの姿を探した。砂嵐の揺り戻しが来ると、彼らはきっと視界を失い遭難するだろう。不気味な生暖かい風を頬にいっぱいに受けた僕は、窓から身を乗り出した。でも、彼らの声しか聞こえて

          砂嵐の日の幻聴ラジオ

          いつも使い慣れたコーヒーカップが見当たらない。昨晩、洗って立てかけて乾かしておいたはずなのに。思い当たる場所はすべて探し尽くした。記憶がバグっているのかな? しかたなく使い慣れない古いカップに注いでみたけれど、お世辞にも美味しいとは思えなかった。半分まで飲んで、あとはそんな気分じゃなくなって、中身は捨ててしまった。 今日は仕事が砂嵐休みの日だった。 ベランダから見る外の景色は、いつものこの時間だったら、こうこうと朝日が見えているはず。ところが今朝は真っ暗だ。天気予報だと、

          砂嵐の日の幻聴ラジオ

          カタツムリのひとりごと投稿

          「ペンネーム希望『火星に暮らすカタツムリの末裔』さんから、番組にお手紙をいただきました。こんばんは、ありがとうございます。火星での暮らしや思うところを書いていただいています。ではご紹介しましょう」 * おいらはカタツムリ。赤錆びた殻したカタツムリ。 見た目は石ころと変わらない。だから、どんな鳥にも見つからない。鳥だけでなく、いろんな生き物にもなかなか気づかれない。だから、まるで透明なカタツムリでいる気分。 これほど火星の大地と見分けられないなら、おいらたちは火星そのも

          カタツムリのひとりごと投稿

          果ての楽園【SF短篇】

          隊長にとっての火星は、深い眠りから覚めた妖精みたいに、可憐で壊れやすいものだった。そこに人間たちが生活圏を拡大しようなんてことが、果たして許されていいのか?そんな罪の意識が毎日ふつふつと湧いては消えてゆく。 だが、これは宇宙開発の今後を左右するミッションだった。彼ら乗組員ひとりのメランコリックな言動で、人類の移住計画が左右されるべきではない。乗組員数名と、地球上の研究者たちとの数の勝負は、するまでもない。もし、都合の悪い結果が現れたとしても、数名の乗組員は百億人の代表として

          果ての楽園【SF短篇】

          火星を渡る蟹を追う人【詩】

          蟹よ、群れをなして果てしない地平を目指し 何処に渡ろうとするのか?行くからには何を知り、求めているのか? 赤錆びた古い砂の色に、お前たちはちっとも物怖じすることもなく ぐずることも、躊躇うことも、疑うこともない きっとお前たちは何かを信じているのだろう だから、羨望の眼差しで見ている僕を、どうか許してくれ、蟹よ 知に長けていると自負していたが、見知らぬ星では竦むのだ、この足は 測量技術すら役に立たず、あらゆる計画は挫折を繰り返すばかり お前たちの道は、追うほどに巧みに遥かに

          火星を渡る蟹を追う人【詩】

          手紙

          返信遅れてごめん、僕はもうそんなに若くなくて、いろんなことに感情移入しがちで、昔のことを思い出すだけで心がいっぱいに溢れてしまうから、そう、君も知っているだろうけれど。 当時、僕の知っているみんなが共通して言っていたことは、火星に見るユートピアの素晴らしさの話題ばかりで、楽しいことも悲しいことも、笑いも涙も、すべて溶け合って分かり合える場所だと心躍らせて、出立の日はまるでもう一度生まれる気がして、みんなで笑い転げていた、海の青いことや山の緑のことや、鳥のさえずりや雑踏の足音

          火星22世紀のスキツォイド・マン

          「こんな世界も悪くない」と哀しげな声が聞こえてくる。それは前世紀の墓穴に由来する、先祖の開拓者たちの叫び。 どこを見回しても俺たちの青いふるさとは見当たらない。たぶん宇宙を描いた風船みたいに、膨らみきって萎んで消えてしまったんだろう。 どうしても気になるのなら、見晴らしのいい塔に登って大声で連呼すればいい。陽炎の向こうに映る、寝ぼけまなこの火星人になったつもりで。 「世界は常に一点に収斂し続ける存在、かつゼロの乗法の影が付きまとう宿命」そう唱えるだけで、諦めがつく。

          火星22世紀のスキツォイド・マン

          火星の最果ては行き止まりではない

          ある男が、古いことわざに頼らなくなった世界に、深く井戸を掘り進める会社を設立した。耳寄りな情報はここに芽を出すことはなく、目を閉じて耳を澄ますほうがよっぽど生きやすかった。 掘削で水脈を探し当てる確率は、五分五分。それでもまだいいほうで、古いことわざに頼る数少ない人たちは、巨大な荒れ地を持て余して途方に暮れていた。ありきたりの魔法が、この星ではあえなく死を迎え、途轍もなく無力化しつつあった。 男の設立した会社の名ははなはだ短くて、それゆえ検索に引っ掛かりにくかった。ところ

          火星の最果ては行き止まりではない

          「机生物」のこと

          ある人はロバのようだと言った。またある人はカササギのようだと言った。私が出会ったのは、机そっくりの四足歩行の家具だった。 実際、その何かを捕らえて調べた者はいない。我々は火星にいろんな意味で調査する使命をもっている。それなのにどうしてなのだか、あちこちで出没するあり得ない生命体について、誰も突き止めようという意思が芽生えなかった。 他の人が形容するその姿は、わずかな記憶から引き出した言葉やそれほど上手くないスケッチしか情報がなく、どうしても戯画的な雑な印象しか残らない。決

          「机生物」のこと

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          火星の定点観測 (DTM - Fixed point observation of Mars)

          夜のスタジオからの定点観測です。音楽はsaki-tomo。

          火星の定点観測 (DTM - Fixed point observation of Mars)

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