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第6話 FLRコストとの戦い

連日満席御礼。
とらじ亭日暮里店の滑り出しは好調かと思いきや、月次をしめてみると売上は良いのに原価率50%を超えて、人件費も40%を超えて減るどころか現場からはもっと人を増やせと言われた。
JR日暮里駅の目の前のタワーマンションの3階に位置していることで家賃も高く、18%とふざけていやがる。
飲み放題を無料にしてしまったから、どんなに忙しくても売上も上がらず原価は下がらない。
当然このようなPLになった。
しかし、この寂れた日暮里のタワーマンションの中で、大きな産声を上げることにこそ意味があった。
連日、早朝の日暮里界隈を手が擦り切れるほどポスティング。
とにかく新しい街で勝負するには知名度が必要なんだとマンションの管理人さんに怒られながら閉店後の深夜もポスティングを続けた。
スタッフも昼過ぎには手伝ってくれたが、数10枚配ったところで疲れましたと帰ってきた。
こんなに働くことが嫌いな人間がいるなんて信じられなかった。
時給は当時1,000円だったかと思うが、1時間突っ立ってるだけの目の前の僕と同じ人間達に、なんで自分の財布から1,000円、また2千円と時間の経過と共にコストが膨らんでいくのか。
ピークタイム以外もっと人を減らせないのか?
日暮里店の店長に再三お願いをしたが、日本語が通じないスタッフが多過ぎて、ミスも多く難しいと言う。

3ヶ月は待ってみようか。

きっとみんなももっと頑張るようになるんだろう。
そんな風に奥歯を噛み締めて、なるべく社長として笑顔でいることにした。
内心はボロボロで、長らく辞めていたタバコに火をつけてしまった。
酒を一人でまた飲み始めたのもこの頃。
自分の不安や悩みを相談できる人間なんて一人もいなかった。
目に見えるのは暇な時に掃除もしないで外国語で喋ってるスタッフ。
人がいなくて大変だと言いながらiPadと睨めっこしてずっと個室で座ってる店長。

僕が開店の時にあれだけ磨きあげた店内はどんどん汚れていき、売上はみるみる下がり、コストは増え続ける。
ダメだ。おれには所詮無理だったんだ。
自分の頭で考えていま何が必要かを考えられる人間がいない。
彼らの頭の中には『権利』だけがあり、その権利は1時間ごとにお金が空から降ってきて、公休が法律通り守られて、毎月決まってるかのように銀行の口座に自動的にお金が入ってくると本気で信じ込んでいる。

こんな人間達が増えれば増えるほど、この国は終わっていく。
極端だがそんな風に感じていた。
どう転んだってこの人間達は金持ちになることなんて一生ないと確信した。
僕はその時から、貧乏人になるのも才能だと思った。
こんなに生産性のない日常を平気で送れる神経がよくわからなかった。
大人になっても自分がいま何をすべきなのか?
その命令を待っているだけの人間。
僕にはそれが人間ではなく、動物に見えた。

上野本店の売上が心配で上野に顔を出すようにしたが、日暮里店のセントラルキッチンの仕込みは料理経験のない店長には任せられず、僕は朝から晩まで行ったり来たりを繰り返し、そのたびに現実に絶望することになる。

上野本店の店長の中国人はよく働いてくれたが、その辺の中華料理屋にいる外国人店長となんら変わらなかった。
お客様に注文されたものを持っていき、お肉のウンチクも喋れないし、勉強もしない。
掃除好きで、綺麗好きで、笑顔も良い奴だったのだが、料理屋さんと言うのはそれだけじゃあ足りない。
クセというかキャラというか。
その人が言うからこそ食べてみたい!みたいなムードを作る能力が必要なのである。
彼と僕は面接時に確認した通り、店舗展開という共通の目標があると思っていた。
でも、彼は後に僕の胃を破壊し、頭痛に悩まされるステキな毎日をプレゼントしてくれる存在にもなるし、上野本店の売上を復活させる存在にもなる。

そして、3ヶ月後。

月次は一向に回復しない。
売上は半分に、コストは倍増していた。
毎月、信じられない額の赤字が計上され、もう打つ手がないような状況にまで追い込まれた。

僕は先代達に話をして、日暮里店を閉めるから店に戻って欲しい。それができないなら俺が独りで上野本店の営業をするから、店にこないのなら給料はもう出せないと迫った。
オヤジは聞く耳を持たなかったが、オフクロは一定の理解をしてくれて店に出てくれた。
オフクロが店に出ると、元々のとらじ亭を知っているので、現場のアラがよく見える。
オフクロは現場の手抜きを女性ならではの目線で細かく直していってくれた。

これなら、俺に時間ができる。

すぐさま仕込みを終えて上野本店に行き、中国人店長を熱血指導。
あまりの仕事の遅さに脳の血管が2000本くらい切れるかと思った。
接客の仕方もてんでだめで、マニュアルやスクリプトを作っても日本語が読めないから無駄!
店に外から電話をかけてみても、焼肉屋に電話してるはずなのに、中華料理屋のおじちゃんに繋がってしまうのだ。
追い詰められているはずの自分なのに、この時は爆笑してしまったのを覚えている。
何もかも酷すぎるんだ。
店が2つに増えた途端、これほど管理できなくなるなんで思いもしなかった。

そして、ほどなくして日暮里店の店長から相談があると言われ聞いてみると『辞めたい』という。
僕は冷蔵庫にしまってあった牛タンで首から上を吹っ飛ばしてやりたくなったが、グッと堪えて話を聞く。
クソチンピラ小僧も随分と気が長くなったものだと自分で感心した。

理由を聞いてみるとオフクロの存在が鬱陶しいということだ。
ネギも切れない男が何をいうかと思えば、先輩に対しての愚痴だ。
後輩の時もそうだったが、家族の店というのは家族にファンがついてるケースがほとんどで、お客様の細かい要望や家族ならではのこだわりや細かい対応というもので存続してきた。
だからこそ、多少の理不尽はあるかもしれないが、僕自身はそんなものはどこの会社に行ってもあるし、不平不満を言う前に仕事で見せつけてみろよって感じだった。
一日中iPadの前に座り、集客に困ると呼び込みやポスティングもせず、グルメサイトを有料化して欲しいとだけ言って何もしない。

そんな男でも、首を切れない。
こちらから頭を下げて働いてもらうしかない。
店舗展開の闇はこんなところから始まった。
通常見過ごせないような態度や仕事のレベルの低さ、精神的に未熟な人間でも、人手不足なら雇用して教育しなければならない。
猫の手でも借りたいのはブルーワーカーの宿命であり、なかなかそれを機械化することができなかった。

僕はうまくやってほしい。
給料だって料理もできないのに30万出してるし、売上も利益もなくこれ以上はとにかくやるしかなくないか?と現状をそのまま口にした。
すると彼は彼女を連れてきたいと言う。
彼女は彼の10歳年下の女の子だったか、あまり覚えてないけど、当時はよく働く子だったことを覚えている。

日本人のアルバイトが雇えることは助かるのですぐに了承。
そして、上野本店の中国人店長と日暮里店のスタッフを入れ替えて、本店の営業を彼らカップルを中心にに任せて中国人店長を日暮里店のセントラルキッチン担当に変えた。
上野本店の売上は徐々に回復。
セントラルキッチンはオフクロと中国人店長でうまく周り始めた。

今後の展開に希望が出た瞬間だった。

僕は絶対に日本人スタッフがもっと必要だと思っていたし、上野店の店長も、オフクロも、中国人も口をそろえた。
だけど売上が悪いし、利益も出ていない。
そして、実家のセントラルキッチンを日暮里店に併設してしまったため、もう後戻りもできない。
僕の会社には、料理ができる人が僕とオフクロしかいなかった。
あとは仕事って何すればいいんですか?って口を開けてボーッとしてる奴しかいなかった。
上野店の店長は接客は問題なかったし、彼女が調理の大部分を引き受けてくれたから、なんとかあと一人の社員と日本人アルバイトを確保したかった。

そして大赤字の中、求人を打つ。
飲食店の利益率で求人を出すのはとても勇気がいるし、小さい店では1ヶ月分の利益がまるまる消えることもある。
当然、赤字の会社で求人なんてバカだが、やるしかない。
既に退路はない。進むしかない。

求人をかけると、某焼肉チェーンで副店長の経験をもつが、ちゃらついたメガネをかけた男と、新潟から上京してきたメイド喫茶で働いてるような可愛らしい童顔の女の子を採用できた。

見た目はヤバいが経験者は助かるし、可愛い女の子は可愛いだけで価値がある。
もしかしたらいけるかも!?
そんな風に考えていたが全くの勘違いだった。
メガネの経験者は入社するなり、会社のルールの制服を着用せず、肉を切れると言っていたのに全く仕込みを知らず、中国人の先輩社員に恫喝のような指示をするだけ。
オフクロや僕の目の前では控えめにしていたが、外国人アルバイトでも仕事が早い真面目な奴らが彼を嫌って続々と辞めてしまった。

そして、とらじ亭の原点である上野本店で働くことは自分の柄じゃないと言い始め、上野店での研修を拒否。
理由を聞いてみると上野店の店長とは反りが合わないし、店が古臭いから自分の柄じゃないと言う。
おれが現役だったら、バイクの後ろに縛り付けて都内中引き摺り回してやりたいところだったが、もう大人だ。
ここでもグッと堪えて話を最後まで聞いてやり、配置転換をする。
さらにそいつはアキバ女子のアルバイトを自分のパートナーにしてくれと言う。
じゃないと働かないというのだ。
島と大地の怒りの鉄拳で、金玉をぶっ潰してやりたくなったが、すべては店の永続のため。

もはや仏の心ではなく、おれはもう仏になるしかない。
この頃からシンプルに『死にたい』と思うようになる。

配置転換をして、オフクロが店に出始めて、上野本店の売上が戻ってくるようになった。
しかし、店の経営はしっちゃかめっちゃか。
日暮里店の売上は一向に上がらない。
上野店の店長に言われてついにグルメサイトを有料化。
日暮里店の店長からは売上が上がらないからランチ営業を始めたいという。

もういい。
好きにしろよ。

僕はランチ営業というものが大嫌いだった。
長時間働くことになるし、利益も出ない。
そして、昼来た客が夜来ることなんてほんの一握り。
大抵は夜は高いからなかなか行かないけど、ランチで食べれるなら食べてみよう!っていう人しか来ない。
でも、やりたいことをやらせないと、直ぐに辞めてしまう奴らなのだから仕方がない。
やりたいようにやってみれば良い。
グルメサイトは効果はあったが、リピーターになかなかならない。
大抵はどこでも良いんだけど、知らない街にきてどこのお店で食べたら正解か不正解かを探してる人達。
外食にそんなものは通常ないのだ。
好きなものを好きな時に食べれば良いのに、他の誰かの意見を聞きたいから口コミを見る。
そうして、入店してくる新規のお客様は大抵注文パターンが決まっており、右から左に2度とくることは少なかった。

この頃から口コミでネガティブなことを書かれるようになった。
しかし、店舗展開をしたらそれは必然なのかもしれない。
そして、飲み放題をやめた日暮里店は連日閑古鳥となり、ランチを始めたことにより夜は全く人が来なくなった。

僕はそれでも引き下がることができない。
後はもう崖なのだ。
取引先のアサヒビールに他店の情報を集めてもらって、色んな飲食店に連れてってもらった。

そこで、ついに大人のドリンクバーなるセルフスタイルの居酒屋と出会う。
これは絶対に今のとらじ亭の窮地を救うサービスになる。
そう確信した僕は直ぐに行動に移す。

知り合いの職人さんに電話をかけ、1日2日の突貫工事でとらじ亭日暮里店を改装。
ここから怒涛の快進撃を始めるが、同時に社内はますます荒れていくことになる。

人手不足、高い家賃、原価の高い和牛を扱い続けることの問題を丸ごと解決してくれたのは30分480円の大人のドリンクバーだった。
まず、ホールのスタッフの仕事が半分になり、ドリンカーという仕事が無くなったことで、30席の店内に2.5人スタッフがいれば回るようになったんだ。
今まで人件費は150万近くかかっていて、毎月赤字だったのに30%下げることに成功。
そして、原価の高い和牛を扱い続けても、ドリンクが安いからたくさん注文が来る。
正にFLRが最適化された瞬間だった。

お客様からはそんなに飲まないからとか、自分で注ぐのが面倒とかネガティブな意見も多かったし、その度にあんなに働かなかったスタッフからも、自分達で飲み物を注いであげたいとか言われたが、それなら売上を上げるために、コストを下げるために他の方法を考えてくれたかというと、そんなことは一切ない。

その頃から僕はちっぽけな下から見上げる景色を自分達の都合だけでしてくる意見などに耳をかさなくなった。
俺が一人でやるしかない。
天才になるしかない。
無敵になるしかない。
全人生を、全気力を事業に注ぎ込むしかない。

大人のドリンクバーが軌道に乗ってくるとリピーターが現れてきた。

イケる!
同時にPLが回復、黒字になった!
しかし、日暮里店の家賃が重過ぎる。
セントラルキッチンがあるのに、売上が低すぎる。
でも店舗のスタッフの底上げができない。
やる気のない奴らしかいない。
料理人が一人もいない。
知名度を上げるしかない。

PLが黒字になったと共に、不動産屋からJR神田駅前の居酒屋が潰れたと連絡がはいった。
僕はすぐ様、見に行くとJR神田駅のホームから見える最高の立地だと確信。
家賃は高かったが、日暮里店よりも安く、目の前にはターゲットのサラリーマン達がゴロゴロいる。

しかし、社内のスタッフが弱過ぎる中、店舗展開には不安が残る。
普通の精神状態の経営者なら絶対やらないだろう。
まずは足元を固めるものだ。
一度、会議でみんなの意見を聞いてみるか?
もしかしたら、目の前の仕事ではなく、作業に夢中な奴らでも、これをきっかけに何か変わるかもしれないし、知名度を上げればもっとまともに料理がやりたい人が働きに来てくれるかもしれない。

会議では全員賛成で、日暮里店のメガネ店長は自分に任せてくれれば月商で800万は余裕とか言ってるし、中国人の店長は店舗展開大好きだし、上野の店長はとにかく早く新しい人たちと働きたがった。
唯一、オフクロだけは心配そうだったが、現状を変更できるなら仕方ないと言った感じだ。

僕は契約書をまとめて、入金後に初めてスケルトンから自分の店を東京のど真ん中の神田にオープンすることになる。

FLRのコストが安定すれば飲食店は現金が積み上がっていく。
ここで何とか弾みをつけて、既存のメンバーを入れ替えたかった。
しかし、そんな入れ替えなんて言葉が必要ないほど、次から次に人が辞めていくなんてことになり、僕はこの後、とてつもないデスマーチを独り歩んでいくことになるのだった。

第7話に続く…

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