目覚めたらヒーロー

 誰も信じてくれないかもしれないが、私は今日、ヒーローになった。

 幼稚園に通っていた頃(もう40年ほど昔のことだが)、ヒーローごっこで遊んでいる同い歳の子達を見て「何やってんだか」とバカにしていたこの私が、まさか正真正銘のヒーローになるとは。「現実は小説よりも奇なり」とよく言われるが、これはもはや「奇」を通り越して「苦」である。 

 昨晩、確か、仕事から帰宅した後、シャワーを浴びて軽く酒を飲みながら夕食を済ませ、寝室のベットで休んだはずだ。最近、仕事が忙しくなってきたこともあり、疲れがたまっていたため、いつもより早めに就寝したのを覚えている。

 なのに、目を覚ましてみると、見慣れない真っ白な天井が目の前に広がっていた。白一色の部屋の真ん中に置かれたベッドの上で「なんだここは?」と周りを見回すと、自分から見て左手にある白壁の前に、白衣の男が立っている事に気付いた。白壁に白衣、おまけに男の顔や肌色も白く、黒々した髪の毛だけがやけに目立つので、最初、黒い物体が宙に浮いているのだと思った。

 男は、神経質そうにメガネを直し、バインダーに何やら書き込んで、静かに私に近づいてきた。「ハッピーバースデー。あなたは今日、ヒーローとして誕生しました」

 「、、、は?ヒーロー?」

 「はい。ヒーローです」

 「、、、、」

 「おめでとうございます」

 立派な大人が「ヒーロー」などという言葉を恥ずかしげも無く、しかも私に向かって真面目に口にした事に、不思議な驚きを感じた。

 なぜ、こんな事態になったのだ?ここはどこで、こいつは何者なんだ?疑問が幾つも浮かんできたが、起床直後の頭は思うように働いてくれない。考えても答えは一向に出てこなかったので、「これは一体どういうことだ?」と白衣の男に尋ねてみたら、「あなたは選ばれたのです」と言われただけだった。男のメガネが、鋭くキラリと光った気がして、思わず私は怯んでしまった。自分の胃がキュッと縮こまるのが分かる。

 「選ばれた?私が?ヒーローに?意味が分からない。私にヒーローの要素なんか微塵もないはずだ」。お前のようなメガネ軟弱男にも怯んでしまうような人間なのだぞ!と続けたかったが、彼を傷つけてしまいそうな気がしたので、そっと言葉を飲み込んだ。こう見えて私にも優しさというものがあるのだ。

 「そんなことは関係ありません。我々、秘密機関のトップであるAIが、あなたをヒーローに改造するよう指示を出したのです。今まで何名もの方々をヒーローにしてきましたが、外れは一度もありませんでした。ご自身では気づいていないかもしれませんが、あなたにはヒーローになる素質があるのです」

 そういえば都市伝説で聞いたことがある。超高性能なAIの指示のもと、人をさらい、ヒーローに変身させる秘密機関があるということを。「バカバカしい」と鼻で笑っていた自分が、まさかその機関にさらわれ、ヒーローにさせられるなどということを信じろというのか?信じられるわけがない。

 「何人もの人間をヒーローにしてきたと言ったが、そんな奴ら、見たことも聞いたこともないぞ」

 「一般人がヒーローを見ることはありません。混乱が生じないように、異次元で戦っていただいていますので」

 「異次元?」

 「パラレルワールドです。先日、その存在が証明されたことが大々的に報じられていたと思いますが」

 そういえば、なにやら不思議な話が報道されていた気がする。ざっくりとした内容しか覚えていないが、確か、この世界と並行して存在する別の世界だかなんだか言っていた。こんなことになるのなら、もっと真剣に聞いておけばよかった。 

 「今この瞬間も、異次元世界でヒーローは戦ってくれているんです。信じられないかもしれませんが、それが現実です。もしヒーローがいなければ、この世界は、もっと荒れ果て混沌とした世界になっていたでしょう」

 「それが本当の話だとして、一体ヒーローは何と戦っているというのだ?まさか怪獣や怪人と戦っているなんて言わないでくれよ。子供騙しも甚だしい。それになんでヒーローがいるのに貧困や戦争がなくならないんだ?おかしいだろう。」

 「彼らは人間の心の奥に潜む魔物と戦ってくれているのです。しかし、今、ヒーローの数が圧倒的に足りていない。だから、なかなか魔物の増殖スピードに追い付けないのです」

 「それにしても、、、」と男は続ける。「3日前、あなたに封筒が届いたはずです。我々の組織の紋章が入った封筒が。その封筒を開封したら、匂いによって意識進化を助長するようになっていたはずなのですが、、、なるほど、開封しなかったのですね」納得したように、男は溜め息をついた。

 3日前?封筒?記憶の糸を必死に紡いでいくと、鷲の紋章が入った封筒が広告の束に挟まっていたのを思い出した。でも、今週は、ずっと仕事に追われっぱなしで余裕など無く、電気屋か薬屋の奇抜な広告だろうと思い、そのままゴミ箱に投げ入れたのだ。

 「やはり捨ててしまったのですね、、、ううむ、だからあれほど時代の変化に対応した方法を取るべきだと訴えたのに、、、まったくウチの上層部ときたら、、、」

 と、男がそういった瞬間、部屋の明かりが消えた。真っ白だった部屋が、真っ暗になった。

 「なんだ!?どうした?いったい何が起こった?」

 「この基地も、ついに魔物に見つかってしまったようです。異次元世界から、こちらの世界へ完全に侵入されたら、どうしようもありません。もう時間がない。今は、あなたしか頼る人がいないのです。お願いします」

 「お願いしますって言ったって、一体どうすればいいんだ?まったく、なんで私がこんな目に!」

 すると、なにやら甘い香りが私の鼻先を刺激した。

 「これは、あなたの心を浄化し、意識進化を助長してくれる香りです。ただ、意識を宇宙の光へと集中させてください」

 「何を寝ぼけた事を言ってやがる!」と思ったのも束の間、次第に、ゆっくりと、自分の心が静かになり、意識が鋭くなっていくのを感じた。今まで味わったことのないようなパワーが、自分の腹から沸き上がってくるようだ。

 男の声が、どこか遠くから聞こえてくる。「地球を、宇宙を救うヒーローとして目覚める時がきたんです。この瞬間、未来は、あなたの手に委ねられているのです」

 不思議な感覚が私の身体を包み込んでいくのを感じる。ヒーローがどんな姿だか知らないが、この地球のために、宇宙のために、今、立ち上がる時がきたのだ。

 意識と共に身体も変容していくのを感じる。どうやら、魔物との対決のために、これから私は異次元世界へと突入するようだ。

 でも、その前に、一つだけあなたに伝えておきたいことがある。

 これを読んでいる、あなたの家にも、もう間もなく鷲の紋章の入った封筒が届くはずだ。なぜなら、ヒーローになれる要素があるからこそ、あなたは今、これを読んでいるのだから。(もしかしたら、封筒ではなく電子メールか何かに変更されるかもしれないがな)。

 もしも、その封筒が届いたら、私みたいに捨てたりしないで、どうか、あなたもヒーローとして共に戦って頂きたい。疑いたい気持ちもあるだろうが、我々は、ただ真実を知らなかっただけなのだ。地球は、宇宙は、あなたが立ち上がることを、心待ちにしている。

 それでは、異次元世界で、また会おう。

 


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最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

今回は、ryokotakahashiさんの写真を元に、物語を描かせていただきました。

ryokotakahashiさん、ありがとうございます。

今日も、すべてに、ありがとう✨

 

 

 

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