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【小説】思春期シルバー

思春期シルバー

 最近よく耳にするようになったこれは誰が歌っているんだろうか。
 スピーカーから流れているそのいかにも明るい曲について少し思考を巡らせてみたが、対して興味もなかったのですぐ頭の隅で気化する。今日の星座占いは一番だったはずだが、特別良いことは起きないまま日常が過ぎる。両手を叩きながらサルのような鳴き声で笑うセーラー四つを視界の隅に入れながら飲む牛乳はやっぱりいつも通り美味しくない。二学期が始まり九月になったというのに一向に秋へ向かう気配のない、蒸し暑さの残る教室で黙々とご飯を食べる自分のことがなんだか惨めに思えた。
「シルバーウィーク、何するか決めてる?」
 左隣から遠慮がちに声がして、自分が話しかけられているのだと気づく。今年中三へ進級してからよく話すようになったクラスメイト、菊莉だ。
「いやー、特に。折角四連休だけど部活あるし」
「あー吹奏楽部は夏休み終わってもしばらくあるんだっけ。休み明けはテストもあるのに大変だねー」
「そうそう」
 はー、とため息をこぼす。四日間の休みのうち三日は部活が入っているし、ならば残り一日は去年つるんでいたメンバーで何かしようと思ったのだが、どうやら最近ハブられているようで、誘いが一切来ていない。元々五人のグループだったので、一人抜くと都合がいいのだろう。
 飲みきって空になった牛乳パックをトレイに置いて、窓の外を眺める。
 ふと昨日動画サイトで気になった投稿のことを思い出した。
「……オシャレなカフェとか」
「カフェ?」
「え、あ、うん」
 隣の菊莉から疑問符つきで言葉をかけられ、動揺してしまう。独り言のつもりで呟いた言葉に反応されてしまった私は、こちらを見つめてくる菊莉の首辺りに目線を落としながら返答を考える。
「行ってみたいところがあるとか?」
 そうやって会話のボールを投げ直されたのを、そうなんだよね、昨日ネットで見かけて、と繋げる。すると、ちょうど給食を食べ終えた菊莉は箸をお椀に乗せて目を輝かせた。
「え、いいじゃん行こう行こう!」
「いや、でも、さっき言った通り私忙しいし……」
「吹部の活動は土月火だから、日曜日行けばいいよ!」
 帰宅部であるはずなのに活動日程を把握していることに違和感を覚えながら、いや、もしかして何かのタイミングで伝えたのかもしれないと思い直す。日曜日に予定がないのは事実で、特に断る理由もない。
「そうだね、折角だから行くか」
「やった! あとで場所の詳細送ってね」
 そうして約束を取り付け終わると、おかわりしよ、とご飯お椀を手に取った菊莉は黒板前へと歩いて行った。

 憎らしいほどに雲が吹き飛ばされた青空の下を歩きながら、待ち合わせ場所へと向かう。私がリクエストしたカフェというのがまあまあ遠い場所にあるので、バスターミナルからバスに乗り、一時間かけて行こうということになった。バスターミナルはうちのすぐ近くなので便利だ。
 目的のバス乗り場を探していると熱気を含んだ排気ガスが顔の周りをぶわっと通り抜けていき、思わず眉をひそめる。
「やっほ」
「うわっびっくりした」
 突然後ろから声をかけられて振り向くと、いつもは下ろしている髪をハーフアップにした菊莉が柔らかな笑顔でそこに立っていた。
「にしても暑いねー今日」
「ねーほんと、前髪ベタつきそう最悪」
 なんとなく天気の話をしながら乗り場へ向かっていると、そういえば、と思い出したように菊莉がトートバッグの中から何か取り出そうと探し出す。
「アイスリング持ってきたからさ、使ってよ。自分用にと思ったんだけど保険に多めに入れてきたんだよね。はい」
「いいのー? まじ助かる」
 女神がここにいた。二十何度かに保たれる謎めいた液体が入ったリングを首周りに引っ掛けると先ほどよりは幾分か心地が良くなった。
 準備のいいことだ、と思いながらその冷たさを堪能していると目的のバス乗り場に到着する。バスがあと何分で来るか確かめるためにスマホを取り出そうとズボンのポケットに手を入れると、隣から声がした。
「あと四分だってさ」
 見ると、菊莉は先にスマホの画面を開いて現在時刻と時刻表を確認していた。奇遇、である。
「そ、そうなんだ」
「とはいえ遅延して待つかもだし、座っとこうか」
 そう言いながら菊莉は近くのベンチに腰掛けながら、ここ影なってるよ、と手招きした。
「そうだね、座っとく」
 日差しから逃げるようにしてベンチへ駆け足で向かいながら、私は小さな氷を背中に入れられたような違和感を捨て去った。
 雑談をして数分後やって来たバスに乗り込み、私たちは一時間ほど乗り物に揺られることになったのだった。

 ぐん、と左に身体が大きく傾くのを感じ、ゆりかごのような眠りから突如覚醒した。何か夢を見ていたような気がするが、直前に体験したものすら思い出すことができない。深い眠りに入っていたのが嘘のようにハッキリとした目覚めを迎え、私は窓にもたれかかっていた頭を起こして外を眺めた。緑の葉がついた背の高い植物が道路の脇に生えていて、少し遠くに視線をやればうざったいほどに輝く白色の太陽。
 首の角度を前に戻して、次に停まるバス停の名前を見てみたが、今どこらへんにいるのかはよく分からない。
「おはよう昼乃、よく眠れた?」
 左隣から自分の名前を呼ばれたので見ると、菊莉が柔らかい笑顔でこちらを見ていた。
「うん、結構寝れた。今どの辺?」
「次で終点だよー、ちょうどいいタイミングで起きたね」
「なるほど」
 目的地に近づくと自然と目が覚めるのは人間のシステムに組み込まれているのかもしれないな、と誰でも一度は考えそうなことを初めて気づいたように思いながらバスの揺れに身を任せていると目的の場所に到着したので、立ち上がって外へと降り立った。
「あっつ」
 正直もう帰りたい。ここからまた徒歩で十分ほど歩くことを考えると鬱々としてくる。
 じめじめした空気を振り払うようにして、せめて何か冷たいものでも飲めないかと自販機を探すために辺りを見回す。
「暑いね~、あ、カルピス好きだったよね。家から持ってきたんだ、一本飲む?」
「えっ」
 バッと振り返ると、いつの間にか麦わら帽子をかぶった菊莉が右手と左手に一本ずつジュースを持っていた。一番お気に入りの飲み物だ、なんて幸運なんだと感激しながら手を伸ばす。
「菊莉ありがと~恩人だよぉ」
「こんなに暑いと途中で倒れちゃいそうだしね。ほら、帽子も持ってきたからかぶって」
「ん、借りるね」
 菊莉が身に着けているのと同じ麦わら帽子を頭に乗せて、ジュースの蓋をカチッと開ける。甘ったるい液が喉全体に染み渡るのを感じながらペットボトルの三分の一を早速飲み干した。
「はーっ、やっぱ美味しい」
「こっちから行くと影があるみたいだからちょっと回り道しよ。スマホの案内通りに行くと坂道もあって大変だから」
「いいねーそうしよ」
 背の高い木が並んで立つ小さな通りを指差す菊莉に着いていくために踏み出した足は、先ほどより幾分か軽くなっていた。

「ん~、美味しい!」
「それな、こっちのパンケーキもやばいよ、食べてみて。昼乃、フルーツ好きでしょ」
 そう言って菊莉が、手際よく切り分けたパンケーキといくつかのベリーをほいほいと私のプレートに乗せていく。「めっちゃくれるじゃん」と笑っていると「ついてるよ」と紙ナプキンを手渡され、どこだろうと手で触ってみるとケチャップの赤が人差し指を汚した。笑いを照れ隠しの笑みに変えながら、菊莉から受け取ったナプキンで口を拭う。
 バスから降りて十五分ほどで辿り着いたカフェの中は、「自然派目指してます!」という声が空間から聞こえてくるような、今時の流行りを思わせる木目調のテーブルだったり小物だったりがゆったりと配置されていた。事前にネットを見て決めていたものを注文すると十分ほどで私の前にはハムと野菜のサンドイッチ、菊莉の前には季節のフルーツとパンケーキが運ばれてきた。ネットで投稿するための写真を素早く撮影し、今に至る。十二時という時間帯に甘いものを頼むとは、結構お茶目らしい。
「あ、そういえば……ん、昼乃は行きたい高校決めた?」
 律儀にパンケーキを飲み込んでから、菊莉はそう聞いてきた。
「あー、うん、一応」
「え! とうとう決めたの!」
「そんな大袈裟に反応しなくても」
「つい二週間前とか、全然やりたいこと分かんないって言ってて心配してたんだからねー」
「皆そんなもんじゃない? 大学受験じゃあるまいし」
 残り三口分ほどになったサンドイッチを右手に持ちながら友達数名の志望先を思い出してみるが、勉強ができる奴はさっさと偏差値の高い高校への受験を見据えて勉強に本腰を入れていたり、部活を頑張る奴は県外の強豪校への推薦を決めていたりするぐらいで、私みたいなその他なんとなく生きている人間にとってはどこの高校も大して魅力的に感じない。制服が可愛いからと人気を集めているところは倍率が高いという話で、そんな競争をしにいく気概もないというのが一般的な中学生な訳で。
「それで、どこにするの? 吹部の皆が行くっていう井橋高?」
「とりあえず、奥山農林にしようかなって」
「農林……奥山農林?」
「うん、色々考えたけどそこが無難かなって」
 そこまで答えてから、手に持ったサンドイッチを一口頬張る。段々パンが乾燥してパサついてきた。前に座る菊莉の様子を見ると、テーブルをじっと見つめて何か考え込んでいる。どんな高校だったっけ、と思い出そうとしているのだろうか。クラスメイトや友達は大体普通高校か、中学校の近くの工業・商業高校に進む人が多いので、わざわざ遠くの農林高校について調べる人はおらず、精々名前を知っている程度だろう。
 そう考えながらサンドイッチを飲み込み、セットでついてきたアイスティーをストローで飲んだ。
「昼乃って、農産業に興味あったっけ」
 静かにそう呟いた菊莉の言葉が私に向けられたものか独り言かは判断がしづらかった。
「……いや、特別興味あるわけじゃないけど、偏差値的にはそこが一番合ってるし、あと、親が両方とも通ってたとこだから」
「あー、そういう感じね」
 何がそんなに気になるのか、表情の動きが少なくなった菊莉を前にしても、こちらから会話を進めるというはなんだか気が引けた。いつも周りに合わせて返事をするだけの会話しかしてきていないので、どう続けたらいいのかイマイチよく分からない。普段から菊莉は積極的に会話のボールを投げているし、そういう意味では私なんかよりもコミュ力がありそうなものだが、特別仲のいい友達がいるという様子は見たことがないので不思議だ。
 こういうときは確か相手にも同じことを聞き返して話の幅を広げるのが正解だという話をどこかで読んだような気がする。
「えっと、じゃあさ、菊莉は行く高校決めてるの」
「えっ」
 驚いたように視線を上げて私と目を合わせてきた菊莉の様子を見ながら、そういえばこの人が慌てているのを見たことがないなと思い返す。既に知っている童話を読み返すような余裕さでいつも行動している気がする。
 斜め下に視線を下げながら「んー」「あー」と口を曖昧に動かしたあと、また視線を私の首あたりまで戻す。
「昼乃は、もうそこで決まり?」
「うん、報告したら親が相当はしゃいでた……っていうのと、他に変える候補もないし、ほどほどに勉強して、高校卒業したら親の小さな畑でも継ぐかな。うん」
「皆が行くようなところに進むと思ってたから、ちょっとびっくりして」
「担任みたいなこと言うねー、まあ親の仕事のこと言ったらそれもそうだなって納得してたけど」
 と、そこまで会話してから思い出す。
「で、菊莉はどこにするの」
 改めて問う。この質問を投げかけたのは会話を続けるためという目的の下ではあったが、純粋に気になることでもある。授業中先生に当てられたときは難なく答えているし、定期テストが返ってきても落ち込む様子は見たことがないので多分成績はいいのだと思う。実際、会話の節々で大学進学を前提とした将来設計が出てくるのでそういうことだろう。
「私は、そうだな……」
「まさか決まってないなんて言わないでよ、私が迷ってたときあんなに急かしてたのに」
「まさかまさか、そんなことないって。ちょっと自分の中の筋書き考え直してただけっていうか」
「はあ」
 発言の意図がよく分からず、ため息とも相槌とも言えない音を漏らす。そんな私とは対照的に、先ほどの困惑した様子からは打って変わって真っすぐこちらを見据えた菊莉は言葉を続けた。
「実は、私も奥山農林に行こうと思ってるんだよね」
「はい?」
 とんでもないことを言われた気がする。
「前から気になってた場所ではあったから」
「そんなことないでしょ」
「ほら一か月前くらいさ、奥林の人たち学校に来てたじゃん学校紹介のために。そこからちょっと調べてたの。そしたら農林も結構面白そうだなって思って。それに奥林って文化祭盛り上がるらしいし、やっぱり学校行事本気でやってるところは憧れあるよ」
「……そう」
 話の展開は、まあ、納得できない訳ではない。もしかしたら小さい頃から優等生として過ごしてきたから表に出さなかっただけで、本当は農家魂を心のうちに秘めている可能性だってあるわけで。けれどどうしてもそんな雰囲気を彼女から見出すのは難しい。
 ――私は菊莉のことをほとんど知らないんだな、と。そう思うとこの友情の薄さに苦笑したくなる。
「食べ終わったしそろそろお店出ようか。この近くパワースポットあるらしいし、折角だから行こ」
「パワースポット……」
 話を終わらせて財布を取り出した菊莉の提案に、少し心を動かされる。この辺りはそれなりの自然だったし、なるほど確かにいい感じのパワースポットはありそうだ。最近あまり良いことがないし、ちょうどいいのではないだろうか。
「そうだね、行ってみたい」
 そう答えながら私も財布を取り出す。必要な小銭を探しながら、そういえば菊莉はどうやってそのスポットを見つけたのだろうかと疑問に思う。周りからおかしな目で見られるのであまり公言したことはないが私は中一の時からスピリチュアルなものが好きで、完全に信じている訳ではないが、科学的に説明できないことについて考えるのが楽しいという感覚は多くの人が持っているのではないだろうか。そういう意味では一種の中二病に近いのかもしれない。そういう訳で県内の有名パワースポットを調べ回ったことがあったのだが、この近辺についての情報は見たことがなかった。そんな場所を菊莉がたまたま見つけたというのはなんだか不思議で、でもまあお得だしいいか、と納得しかけた時だった。
「占いとかパワースポット、好きって言ってたでしょ」
 流れるようにそう聞こえてきた言葉が、何故だかその時は気になった。だってこれは、確実に言ったことがなかった。中一で調子に乗って部活仲間に伝えたら変な目で見られた時から、私はこの趣味を誰かに話したことはないはずなのだ。
「昼乃?」
 小銭を探す手が止まった私に気づいて声をかけてきた菊莉を無視して考える。でも私はこれまで考えたことがなかった、人の言動について興味もなかった。だからこれは的外れかもしれないが、脳内で浮かび上がった仮説に中々反論することができない。
「菊莉さ、本当はもっと違う高校行きたいでしょ」
「何言ってんのさ、あ、やっぱり普段の様子からは想像できない? 確かに今仲良くしてる子たちが通ってる井橋高とか埼商とか行くのもいいなーって思うけど、専門的なスキルっていうか、これからの時代SDGsの話もあるし大規模な農園の運用も出来るんじゃないかな。そう思うと夢が広がるじゃん」
「大学進学考えてるとか言ってなかった? 百パー無理よ、奥林じゃ。専門学校だよ精々行けるの」
「それはまた努力次第よ、それに大学進学が全てじゃないし。そう、全てじゃない。今自分が興味あるものに対して突き進むのが大事だと思う私は」
 薄っぺらい、と思ってしまった。今年中三に上がってから知り合った仲ではあるし、私は他人に興味がないし、だから漫画のように「お前のことは俺が一番分かってる」なんてことは決して言えないのだけれど。でも私は知っている、菊莉はクラス関係なく色んな人の相談に乗った結果複数の部活に助っ人に行っていることを。というかうちの吹部にも一度打楽器の欠員を埋めるためにやって来て、たった数日の練習でコンクールに間に合わせたことがあるのでもはや腹立たしい。「小学校の音楽発表会でドラムやったことあったから!」と本人は謙遜していたが、それが真実かどうかも怪しい。とにかく何が言いたいのかといえば、菊莉は専門的な好みを持つ人間ではないということだ。
「やっぱりおかしいよ、絶対農業なんか興味ないんだから」
「えーめっちゃ否定してくるじゃん、悲しいなあ」
「私と同じ農林高校に通うべきじゃない」
「昼乃と同じところに行きたいって言ってんじゃん」
「ねえ、それちょっとボロ出してない?」
「……」
 いつの間にか客がいなくなったカフェの店内で私の声が、段々と下を向いていく菊莉を刺す。これが相手を傷つけているであろうことが分かっていながら、もう私には止められなかった。今話すべきだと思った。
「今年からの仲じゃん、私たちって。何かそんなに私と離れたくない理由でもある?」
「だから、たまたま同じとこ行きたいからって」
「まだそれ言う。上手く言葉にはできないけど、何回か違和感を覚えてはいるんだからこっちは。全部私のこと知ってるみたいなさ」
「……はあ」
 不機嫌そうに強いため息をこぼした菊莉は、テーブルに左肘をつき、その手のひらに額を当てて言った。
「ずっと受け入れてたじゃん、私がやること。私に興味ないのは分かってたしむしろそれが好都合だったのに、なんで今更私のやることにケチつけるかな」
「まあ、確かに無自覚だったとは思うよ」
「昼乃がやりたいことをひたすら叶えてきて、それが続けられるようにせめて高校までは一緒にしようっていうだけの話なのに、何を責められてるわけ? 私は」
 そう言ってずっと下に落としていた視線をこちらへ向けられて思わず頬が強張ってしまう。もしかしたら私が想定していたよりも深刻な地雷を踏んでしまったかもしれない。
「あのね、これはお互いにとって良くないと思う。菊莉だけじゃなくて、私にとっても」
「昼乃はこうやって人を気遣うことはしないはずなんだけどな。何があったのさ。私のやることを当然みたいに受け取る昼乃はどうしたの」
「相当な言われようだな、それはまた」
 事実だから反論のしようがないのだけれど。実際、ああは言ったものの、私本位なのだ、こうして話しているのは。
「色んなこと先回りしてやってくれてるのはきっと菊莉の善意だし、それを変だって指摘できなかったのは私。好き嫌いを知らない間に全部把握されてるって思うとまあ考えるよね。バス降りた瞬間私が暑さで弱るのは予測済みで、ここで頼んだものも、私が飽きないように菊莉は甘いの注文したんじゃないかって。そうだよ、極めつけはさ、なんで私が隠してるはずの趣味知ってるんだって話なのよ。情報収集能力どうなってんのほんとに」
 ふーっ、と興奮を落ち着けるために息を吐く。足りない頭で自分の考えていることを言語化するのに精一杯な私とは対照的に、目の前の菊莉はこちらの様子を観察するようにただこちらをじっと見ていた。
「……言いたいのはそれだけ?」
「ハッキリ言うよ」
 再度腹をくくる。
「菊莉、度が過ぎるよ。気持ち悪い」
「……はあ?」
「お金置いてくから」
 そう伝えると私は手に用意していた小銭をテーブルに置き、席を立った。ついでに、バス停を下りたときに貸してもらっていた麦わら帽子もテーブルに置いていく。ああ、これもそうなのだろう。
 菊莉は唖然として先ほどまで肘をつけていた腕を下ろしていた。
 本当はもっと良い方法があったかもしれない、菊莉と仲良くできる方法があったかもしれない、だけど頭の悪い私には、徹底的に縁を切るしか方法が思いつかなかった。私が菊莉に気持ち悪さを覚えてしまったのは事実で、そのまま付き合い続けることが決して良い影響があるとは到底思えなかった。
 木目調の床を白のスニーカーで歩き、店の出口に立った私は、一度振り返り、茫然とした顔をした菊莉に向かって思い切り笑った。
「じゃあね」
 それだけ口にした私は鈴の付いたカフェの扉を開き、炎天下を歩き始めた。
 まずは帰りのバスを調べよう。



後書き

 高3の夏休みに書いた作品です。受験勉強で時間がなかったからか少し粗さが目立ちますね。いつか推敲或いはアレンジをしてみてもいいかもしれません。
 この作品は単体でも読めるように書きました。が、一応前作「愛情不器用」の続き物ということにしているので、何かの繋がりを読み取っていただけたら嬉しいなと思います。

 人との関わり方が下手くそな女の子2人のお話。自分なりに情景描写を頑張った作品ではありますが、展開そのものは勢いで進めてしまって、所々気になるところもあります。
 前作は女子高校生、今作は女子中学生を登場させたわけですが、果たしてその差を書き表せたかを考えると、あまり出来ていないような気がする。これからの課題とします。
 あの後2人はどうなるんだろう。昼乃は自立しきれるのか。菊莉は人の愛し方を考え直せるのか。私の中で想定しているところもあれば、想像にお任せしたい部分もありますが、彼女たちがこの先の人生で幸せを手に入れられますように。
 それでは。

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