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『作りたい女と食べたい女』で学ぶ「無料の接待」問題

 ジェンダー問題を扱っていると話題になった『作りたい女と食べたい女』(以下、『つくたべ』)。そのなかで「無料の接待」がどう描かれたのか見てみると共に、「無料の接待」問題を改めて考えてみます。


『つくたべ』作中の「無料の接待」

1.会社の飲み会

ゆざきさかおみ:著 『作りたい女と食べたい女 5
2024年2月15日初版発行分 45話 より

 第45話にて別の部署の女性たちとの飲み会に参加した野本ユキ。しかし、会話に加われず、話に興味を持たつわけでもなくで、つまらなさそうな雰囲気を露骨に出しています。


ゆざきさかおみ:著 『作りたい女と食べたい女 5
2024年2月15日初版発行分 45話 より

 そんな野本ユキに話が振られます。客観的に観察すると、会話に入れないまま放置されてるので気を回してくれたようにしか見えません。


ゆざきさかおみ:著 『作りたい女と食べたい女 5
2024年2月15日初版発行分 45話 より

 交際相手のことを「結婚したい」とまで話した野本ユキ。特に同性と交際しているとは言っていないので「素敵な彼氏だねえ」と周囲は褒めてあげました。


ゆざきさかおみ:著 『作りたい女と食べたい女 5
2024年2月15日初版発行分 45話 より

 その後、裏でブチブチ文句を言われる飲み会の面々。仮にあの中に女性と交際経験がある人がいたとしても「彼氏」と言わざるをえませんでしたが、一体何故こうなってしまったのでしょうか…?

 それは、野本ユキが自分を気持ちよくしてもらうことだけを期待しているからであり、「無料の接待」を受けられなかったことに腹を立てているわけであります。

 大抵の人は利害関係のない者同士の飲み会で相手を気持ちよくすることだけを考えるわけではありませんし、むしろ一切考えないことも多いです。しかし、野本ユキは「勝手に彼氏と決めつけられた! こんなホストは接客が悪い!」と、当然受けられると決めつけていたものが出てこなくて不快だと訴えているわけです。


2.会社の昼食

ゆざきさかおみ:著 『作りたい女と食べたい女 4
2023年6月15日初版発行 34話より

 職場の女性同士での昼食で嘔吐してしまった南雲世奈。この女性たちは何一つ気を悪くする様子も見られないまま、気を遣ってランチには呼ばなくなりました。


ゆざきさかおみ:著 『作りたい女と食べたい女 4
2023年6月15日初版発行 34話より

 しかし、南雲世奈はそれを咎めたようです。会食恐怖症当事者の方が最も理解できないところですが、南雲世奈からすると「食べないけどランチには連れて行くのが同僚女性の正解行動」であり、その「無料の接待」を受けられなかったのが不満だったと描かれています。

 そもそも会食恐怖症のきっかけに目の前で嘔吐された経験も挙げられているわけですが、南雲世奈にはそういった他人を案じる思考も一切ありません。南雲世奈は周囲の女性が自身に与えてくれるものを勝手に創像し、その独りよがりな期待が裏切られると自分だけが悲劇に見舞われているかのように塞ぎ込んでしまいます。


3.家庭内のパートナー搾取

ゆざきさかおみ:著 『作りたい女と食べたい女 5
2024年2月15日初版発行分 45話 より

 上記のように「彼氏と決めつけられた」とショック状態で帰宅した野本ユキ。(同棲カップルのはずなのに名字呼びなのは気にしないでおきましょう。)


ゆざきさかおみ:著 『作りたい女と食べたい女 5
2024年2月15日初版発行分 45話 より

 質問に応えることなく「おなか空いてる?」です。この威圧的な態度に疑問を持つ読者だらけのことでしょう。


ゆざきさかおみ:著 『作りたい女と食べたい女 5
2024年2月15日初版発行分 45話 より

 インスタントラーメンを食べようとしていたところに何の同意が行われないままパッタイ風アレンジがされ、ラーメンとは別の食べものが生成されました。(例のごとく本書内にレシピはありません。)


ゆざきさかおみ:著 『作りたい女と食べたい女 5
2024年2月15日初版発行分 45話 より

 一切の不満もなく「ばくばく」食べる春日十々子。気が晴れて満足顔の野本ユキ。


 この流れをわかりやすくするために、野本ユキを男性にして考えてみましょう。野本ユキの行動というのは、帰って来るなり出先での不満・イライラを同棲女性にぶつけ、同意半分なまま有無を言わせず相手を性のはけ口にする男性のものと大して違いがありません。

 繰り返しますが、上の流れのなかに2人の意思疎通はありませんし、春日十々子が相手の行動に同意する発言もありません。これは春日十々子が野本ユキに対し「無料の接待」として奉仕しているからこそ成り立つやり取りであって、逆にそこまでしないと野本ユキは満足できないとも言えます。


「無料の接待」は認知の問題

 何故『つくたべ』には、こうも「無料の接待」の問題が複数回出てくるのでしょうか。これは、女性を人格のない下の存在に見ているからに他ならず、都合よく動いてくれない女性はまとめて考えの足らない愚か者にしてしまう歪んだ認知の産物です。

 不思議なことに『つくたべ』は本記事で挙げた「無料の接待」を男性にはあまり求めません。「女性は言うことに従うはずの生き物」「女性は差別できる対象」という歪んだ認識が、この世に「インセル」を生み続けておりますが、『つくたべ』もその輪の中にいると呼ばざるをえません。

 そして『つくたべ』が特に悪質なのは、それをマイノリティや精神障害の問題で正当化しようとする極めて卑劣なやり方です。たまたまその時にだけ『つくたべ』を目にした人にはマイノリティ特有の問題で悩んでいるかのように誤認させる偽装工作であり、盾にされた当事者は偏見による反発だけを引き受けるハメになってしまいます。『つくたべ』の作者は儲からなくなったら作品を捨てればいいだけですが、漫画のネタに使われた当事者はそういうわけにはいかないのです。そういった意味でも、やはり『つくたべ』は極めて深刻な人権侵害漫画であると言えます。




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