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止まり木図書館司書ーー図書館スイッチ。
これがキッチンのスイッチで、ひとつ上がリビングのダウンライト、右隣が玄関の街灯で、その下が図書館スイッチ。
押せばたちまち図書館に早変わり。
押してみる? おもしろいよ。ハリーポッターで演じてるひとりの魔法使いが杖を振るったみたいになるよ。これはまるで、3G映画を視聴者から登場人物に変える切り替えスイッチ。
食器棚が歪み窓は閉じ、明かりが時間の砂となって落ちていき、床でシュワシュワ広がればたちまち蒸気となって部屋いっぱいに立ち込める。そのホワイトアウトのような霧が晴れると、僕はカウンターの内側に佇んでいる。来館者を迎い入れるために。
待っている感じではない。来る者拒まずな体で。
来館者はもともと少ないよ。図書館の存在をまだよく知られていないことが一因だと思うけど、知らしめる気もないしね。来館者が増えちゃうと捌ききれなくなることもある。1日にせいぜい4、5人がきちんと対応できる限界かな。精神的にも、肉体的にも。それ以上だと頑張るモードが起動して、もう少し気張ると目が吊り上がってきて、図書館員としての品性が保たれなくなることもあって、そうした事態は避けたいと思ってる。来館者だって、必死の形相の図書館員から本を借りたいとは思わないでしょ。冷静欠いて、間違った選択されるとたまらないものね。
だから5、6人目からは、カウンター横のラインがあって、ほらそこに足跡印がぬるま湯加減の間隔で記されているでしょう? そこに両足そろえてお待ちいただくことになる。
10人目くらいまでだったら、翌日には対応できると思う。それを超えたら、4、5人ひと単位でグルーピングして、かける何グループ目かでおおよその待ち日数の見当がつくと思うんだ。自分はあと何日後に対応してもらえるって理解してくれると思うんだ。銀行のATMで長い行列を待つのと一緒だよ。
今まで行列ができたことはないけれど、仮にできたらそうなるってこと。
図書館スイッチで起動する図書館の来館者は、出現図書館専用の入り口からやってくる。退館は図書館の専用出口から。
この図書館は、陸路空路水路のターミナルみたいなものなんだ。遠隔地の一点とここの一点を1本のトンネルで結んでる。車窓から外の景色が見えることもあるらしい。聞くところによればという話だけれど、僕の聞いた話はまた聞きから伝わったまた聞き連鎖の出がらしみたいな噂によるものだから、信用には値しないと思う。言ってる本人が口に出してはいけないような、憂さ晴らしみたいな毒気を含んだ戯言。
とまあいずれにしてもだ、このように利用者は遠路はるばるやってきて、利用後は遠路はるばる帰っていく。
図書館の開館時間中は、3次元現実社会であくせく暮らしてるご近所さんがやってきても、なんぴともこの家には入れない。チャイムを鳴らしても、家の外側からこの家のドアは開かない。開けようにもスイッチした図書館側には、玄関ドアのこちら側が存在しないんだもの、仕方ない。近隣来訪者の声は、小人になってアリエッティと隠れて生きる借り暮らし世界で、頭上を大股で行き交う巨人にしか見えなくなった人間たちの他愛なくそれでいて落雷の如く飛び交うはるか上空の会話という咆哮を、ヴェール越しに見上げるようなものなんだ。
図書館来館者は別ルートをたどってこの図書館にやってくる。はるかかなたの一点からこの図書館目指してね。ターミナルみたいなこの図書館にやってくる。
この図書館のプラットフォームには、到着専用と出発専用があってね。来館者は元来たところへ帰る仕組みになっている。飛行機で来れば飛行機で帰るし、船で着岸した者は桟橋を渡ることになる。そのようにして、束の間の記憶喪失を楽しむみたいにして、ここで時間を使っては、向こうの世界に戻っていく。
竜宮城。そんな感じなのかな。たとえるならば。楽しい時間は経過時間を圧縮するものでしょう。そんな感じ。あの寓話と離反するほど違うのは、凝縮された時間を紐解いて物理的時間を背負わせた玉手箱ではないってこと。来館者は瞬きの瞬間に船に乗り、あるいは飛行機の客席に着座し、はたまた鉄路に揺られながらこの図書館にやってきて、本を借り、すぐに借りられなければ何日も待ち、そしてお目当てだかぼんやり読みたいと思ってた本を探し当て、読み、納得できればそれでよし、できなければジャストフィットのジャケットを、またはブラウスを探し当てるまで試着するように本を変え品を変え、腹の底に満足をすとんと落とすまで粘って、そうして帰っていく。瞬きで閉じた瞼を開けば、元いたところに元どおり。
図書館スイッチは、1日10時間の開館時間が過ぎれば、利用待機者を放置したまま自動消灯する。順番待ちをしている人に義理を欠く役所仕事みたいな体制に良心の呵責は喚起されない。悪いことをしたなとも思わない。来館者は待つのも覚悟でこの図書館にやってくる。彼らにしてみれば、瞬きの間に終わる綿菓子の夢。続きは次の瞬きに託されることを知っているから、僕が気にすることではない。
彼らに存外に扱われているなんてことも思わないし、だからそこに悔しさめいた寂しさも生まれない。
今日の来館者数、またゼロ。
そろそろ10時間の開館時間も終わる。
止まり木図書館が閉館すれば、3次元現実社会のあくせくした喧騒がアクセルを踏み込んだみたいにしてなだれ込んでくる。
いつものことだ。
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