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学生しか知らない学生たちよ。
「働くことと学ぶことの違いかい?」
社会人を辞めて学生に戻ったら、年下の学生たちが競うように同じことを訊いてきた。これから社会に巣立つ労働力予備軍は、未知の労働領域に好奇と高揚を膨らませている。
そんなにいいもんじゃないよと言えば、彼らは求めてもいない回答に顔を曇らせてしまうだろう。だからといって、嘘をつくのも憚られた。期待させるだけさせといて後で悔やませるより、早い時期に現実を知っておいたほうが立ち直りも早い。
正直、悩ましいところであった。3組のうち1組が離婚していく夫婦は、楽しさの共有を、相手への嫌悪が上まわることで引き起こされる人生の悲劇だ。だが、楽しさの共有を膨らませておくと、あとで踏ん張れる。だから学生たちからラストスパートを乗り切る切り札を、膨らんだ風船からぷしゅうと抜き取るような真似はしたくなかった。
「そうだね。社会に出れば人は歯車で、学生期間は歯車を動かす動力の模擬演習だ」と答えておいた。
理解してもらえたかどうかはわからない。わかってもらえなくたって、賢い学生ならば、なにかしら理屈をつけて納得点を見つけ出すだろう。それくらいのことさえできなければ、それだけの存在でしかないのだ。歯車にさえなれなくても、軸や潤滑油として生きていく道もある。
人はそれぞれでいいと、僕は思った。社会に出れば、理屈は個人の限界を超えて、混乱のうちに泥流にされるがままに弄ばれるのだ。どれだけ泥を飲むか、噴流に揉まれるか、受ける衝撃力の差こそあれ、避けられるものではない。
それまで温室でぬくぬくと希望の光を胸いっぱいに吸い吐きしておくといい。いい思い出は、後で出くわす障害の浮き輪となる。
のちのち、社会に浮かんでいられるように、学生しか知らない学生たちよ、めいっぱい甘い空気を吸っておけ。
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