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一方通行の達人。

ーーそこに誰かいるの? いや、名乗らなくてもいいのよ。あなたが誰かなんて関係ないの。誰かが、誰かの複数形が観客席を埋めていればいいだけ。できるだけたくさん、詰まっているくらいがちょうどいい。
 観られていれば私は演じ続けることができる。私を観て。熱く。その強い眼差しの光こそが私を輝かせるスポットライト。ーー


 人から昭和のタガが外れ、平成あたりから集団こそ命の生き方が剥がれ始めた。今ではすっかり個で生きることを、好むと好まざるとに限ることなく課せられている。
 自律した生き方は、個々の性格において、時に受けるに辛い暴風雨になることがある。電気の落ちた真夜中、爆弾低気圧下の荒屋で、いつ吹き飛ばされるとも限らない心細さといったら。底知れぬ災害の弾圧に耐えきれず、正気を失って表に飛び出してしまう者があとを絶たなくなったのもこのためだ。
 人は、他人の節介を嫌って他者との境に土嚢を積み上げてきたくせに、干渉が失せるとたちまち支えを亡くしたタコになる。身の程を知らなすぎた。支え支えられることに慣れすぎた絶妙なバランスで成立するトランプのピラミッドは、絵に描いた餅どころではない、餅の味を舌に喚起させた、煙のように消えてなくなる幻夢だった。もはやそこに在ったことなど、記録のまやかしでしかなかったかのようだ。

 かつては気楽だった。自分が何者なのかがわからなくても、向かう道は周囲がお膳立てしてくれた。職に就くのも口ききがあったし、結婚相手探しに奔走せずとも周囲が候補を連れてくる。町内会の世話役がでかい顔を出張らせてきたし、親戚のおばちゃんはいつだって結婚相手のカードを何枚も懐に忍ばせていた。
 自分で考えなくたって「お前はこうした者だ」と鑑定されのしがつき、「ああ私はこういう者だったのだ」と与えられた鑑定書を読み下しながら納得していく。
 誰かの手で捏ねられ形作られていく粘土細工のような生き方を仕組まれていた。本意不本意かまうことなく、烙印だか証明印だかをぽんぽんと押されていく。
「お前はこうした者なのだ」
 なるほど、私はこうした者なのだ。こだまの反芻が、なかったものをあるものの如くに変えていく。
 赤紙届けば「ああ私はこういう者なのだ」と諦観し、小作に生まれた百姓が関白太政大臣に昇華したただひとつの例外を除けば、ほかはすべて潤沢に過去から連綿と続く慣わしに「私はこうした者なのだ」を刷り込んでいく。
 アメリカンドリームが、太平洋の東側で朝日以上に光り輝いていたころの、まるでおとぎの世界の出来事のようなお話。

 個人は外圧で圧縮されるみたいにして作られていた。あまりに一方的な力学なものだから、中には反発し、逆走を試みる者が現れる。現代の生き方を切り拓いた先達である。そしてその整流の反逆者による反骨精神が広がって、「お前はこうした者だ」主義が、失敗に終わった学生運動のバリケードのようにニュース枠の外側で密かに取っ払われていった。
 人は令和の世に立っている。個が重視され、自律したそれぞれの個に多様な個を認めるんだと個のあり方を強いてくる。個とは自律であり、かつモラルの脅迫的共有化でもある。
 言うなれば、個の呪縛的集団化……。

 地下アイドルに水面下のオタクが群がったのには理由があった。空の上に浮かぶ憧れには未来永劫、手に触れられなことをいち早く察知した集団からの『はみ出し者』は、自分たちなりの個性を集団からでは発想できない方法で行動に顕した。それは彼らの個性であり、彼らの自律した目でアドルを発掘することにこそ重きが置かれていた。
 まさか個人が徒党を組んで萌えのあの子に声を枯らすことになろうとは思いもしなかっただろうけど、個はいつだって時間と共に何かに迎合し、盛り上がっては終わっていくものだから仕方がない。声を枯らされたアイドルも、冷めていくアイドル熱と一蓮托生、もともとが限られた世界の井の中の蛙、水を汲みにくる者が途絶えれば、じきに忘れられてく。

 YouTubeは、認証欲求に満ちている。「私を観て」の花ざかり。いっときは「儲かる」と言われたYouTuberというお仕事も、今となっては「本業にはできない片手間仕事」に成り下がっている。『勝てば官軍、経済的循環も我が手にできる』信奉も、ピークを過ぎれば下降軌道に移る落ちこぼれ。私を観て、そのアクションまではよかったが、下手な鉄砲、間違って撃てば世間の笑いものになり下がる。
 かっこよさと左団扇を追い求めていたのに、蓋を開ければ思うように稼げぬ滑稽劇。「私を観て」のオンパレード、今やコケた人智が渦巻く大嵐。下手なRPGと違って道端で出会う、かもしれないリアルな姿を餌に、中には突出した傑作を生む才ある者も現れて、その手腕を存分に発揮して視聴者を釣り上げる、釣り上げる、といった特異な人物もいないではない。
 でもそれって特別。作家がみんな大御所ではないように、ほんの一握りのアイドルしかテレビで活躍できないように、ほとんどは凡人で花を取り巻く名のない植物で終わっていく。
 勘違いしてはいけない。あなたは腕のいいYouTuberなんかじゃないんだ。ただでさえ、強者だと思われていたYouTuberが次から次へと脱落していくようになった昨今、ぽっと出のあなたが太刀打ちできるわけがない。

ーーそこに誰かいるの?ーー

 YouTuberは、いっときのピークを終えて、今や「儲からない」烙印まで押された職業となった。ひとしきり人の集まったところの蜜は、とっくに食い荒らされ枯渇した。
 でも「私を観て」の認証欲求は止まらない。干渉されることを嫌う相互一方通行のクローズド世界の個のアイドルは、今日もまた「高評価をお願いします」「チャンネル登録も忘れずにね」と、売れない政治家の選挙演説のように、すれ違う熱意とお仕着せを白けた視聴者の耳に投げかけてくる。

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