御徒町→秋葉原→神田→東京→有楽町。
アナウンスは、次は御徒町だと告げている。昼を少し過ぎた時間帯は、営業に出た外回り社員が昼飯でかっこんだ炒飯をこなすためか食後の一服をいつもより優雅に取っているのだろう、おかげで車内はまだ混んでいない。
がらんとまではいかないが、空き空きの車内の優先席、ひとり腰を降ろしたら、その向かいで、スマホに夢中な母親に退屈したのか、まわりの注目を集めるように小さな女の子が座面に立って歌を歌い始めた。ワカメばりの吊りの短いスカートで、白雲のような膨らんだパンツ、歌はアニメソングだろうか、うまくはないから曲がなんなのかわからない。最近のアニメには疎いから、歌が上手くてもきっとわからない。その音程の定まらなさ、また起用に日本昔話のオープニング曲風に歌をアレンジするもんだと感心していると、動かす口を止めることなしにじっとこちらを見つめてきた。女の子、歌いながらにっと歯並びの微妙な白い歯を剥き出して笑う。子を捨て置いてスマホに夢中な母親は相変わらず指をシュッシュカ動かすのに忙しい。3人掛けの優先席上で遊ばせておく分には問題ないだろうという楽観が、女の子にやりたい放題をさせている。
にっ、に対して、愛想を返すべきなのか。
大人の判断が、物事がよからぬ方向に流れ出した最悪の事態を予測し、迂闊な行動を慎ませた。
キリッ。笑筋を引き締め、女の子の「私を見てよ」光線を跳ね返す。空いた車内とはいえ、そこは東京ど真ん中、泣く子も黙る通勤電車内。たまたま空いているだけで、気を抜くととんでもないことに巻き込まれる。電車は便利で不可欠な暮らしの一部分なれど、閉じ込められた密室はあの小学生探偵御用達のかっこうの事件舞台でもある。使い方に間違いがなくても、使われ方が間違えば、すなわち地獄の火車となる。それこそ見まごうことのない火が人為的に出されたこともある。ギラリ刃物を取り出した現代の辻斬りが突如現れたことも。よからぬ液体を流した輩もいたことだし、エッチなタッチに怒りを燃やす男女もいる。
せっかく見つけたと思った唯一の観客に相手にされぬとわかるやいなや、早々と見切りをつけ、女の子は孤独に悦に入り、ひときわボリュームを上げて歌い出した。母親は相変わらずスマホをシュッシュに余念がない。
平穏な日常のひとコマ。不穏な空気はまだ湧いてはいない。次は有楽町とアナウンスが告げた。
しまった。女の子のペースにまんまと乗せられてしまったようだ。前の駅の東京で私は降りそびれてしまった。