「お帰り、じいちゃん」
うちのじいちゃんは、いわゆる洒落のわかる人らしい。死んだばあちゃんがよく言っていたっけ。「そりゃあもう、洒落がわかるっていうことは、悪戯にも長けておるということでの、機転が効くものだから、話の巧みなことったらないよ。そんな言葉巧みに騙されて、あたしゃコロっと好きになっちゃったってわけなのさ」って。
ふうん。
でも、この時期の仮装大賞は変。じいちゃん、化けてるけど、夏っぽい化け方がどこか滑稽だ。
「お義父さん!」
じいちゃんが戸を開けて入ってきたら、「どちらさま?」と玄関まで駆けてきたエプロン姿の母ちゃんそっくり返って驚いた。「お義父さん! 縁起でもないことを‼︎」と闇をも切り裂く叱咜の両断。
じいちゃんは僕にこっそり耳打ちする。「施設に無理くり入れられた怨念なのじゃ」
お盆の時期は、施設もお休み。だから1週間の滞在でうちに戻ってきたっていうわけなのさ。頭に乗っけたパンパース、自分のじゃ大きすぎたから、わざわざ幼児用のを看護師さんに買ってきてもらったんだって。やるじゃん、じいちゃん。
それに母ちゃんよく見てよ。じいちゃん幽霊には足がある。ばあちゃんが言ってたじいちゃんの洒落っていうやつなんだよ。
「美江子さん、こうして化けているのはの、盆で天国から帰ってくるばあさんを楽しませてやろうと思っての」じいちゃんがしんみり言う。その殊勝な物言いに、母ちゃんぐっと息を詰まらせる。きっと、人の好意を踏みにじってしまってごめんなさい、という良心の呵責が叱責と衝突してショートしたんだと思う。
ばあちゃんの魂を迎え入れるお盆。へんてこじいちゃんの姿を見れば、死んだばあちゃん、笑ってくれるかもしれない。「またおかしな格好をして、とうとうネジが飛んじまったかね」と軽口を叩きながら。あるいは「洒落の質が下がったね」と揶揄するだろうか。それとも、あえてツボをはずす三枚目の手練に惚れ直してしまうかな? 「そんなお馬鹿なことやっていないで早くこっちにおいでよ」と手を引いて連れて行かれなければいいのだけれど。
「そうそう、忘れておった」じいちゃんが驚きと怒りと呆れ顔をシェイクした母ちゃんに投げかける。「8200円だったんじゃ」
なにが?
「ここまでのタクシー代。とりあえず立て替えておいてくれんかの。借用書はワシにくれ。冥土の土産に持っていく」
もちろん、家の外にタクシーなど待ってはいない。すでに支払いを済ませ、次の客を求めて走り出してた。
「怨念はしつこいのじゃ」
財布を持って外に飛び出した母ちゃんを振り返り、じいちゃんは唇ひとつ動かすことなくそう言った。怨念は黙していても滲み出る。