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退く神、来る神。

 16世紀から17世紀にかけて、征服により先住民の心に寄り添い宿った神々が、米大陸の地を追われた。湖底の神殿は埋められ、天空の御殿は高射砲で撃ち落とされた。破壊は非容赦で、無慈悲だった。
 大地を覆ったのは、力で劣った原住民方の残骸。

 代わりに降臨した神は、頬を打たれたらもう片方を差し出すように説いたという。
 これまた奇異な話であるが、その神が宿っていたはずの兵士たちは、なぜか、ひとつの都市を討つと、次には隣接する都市を討っていった。

 討つ者と、打たせる者ーー新しくやってきた神は、討ちながら、打たせよと説いた。入植者(征服者)は討つ者で、先住民は打たせる者。割は合わなかった。
 入植者は独裁的で独断で毒づき続きた。高らかに勝利の声をあげる彼らの頬を打つ者はいない。打たれても、残りの頬は差し出すことはなかっただろう。もし仮に打たれたとしたら、倍以上返しの反撃があったに違いない。

 征服者の立ち居振る舞いは、まるで神気取りじゃないか。原住民を丸め込むための方便を駆使し、脅し、奪い、体よく乗っ取った。


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 2022年7月末。ローマ教皇がカナダの先住民に対して謝罪した折り、大平洋の向こうで繰り広げられた一大惨事を、さも教科書でもめくるみたいに倭の私はさらっと読み飛ばした。頭では理解しているつもりだった。
 8月に入って、かねてより読むつもりでいた『テスカトリポカ』を制覇した。中南米を拠点に暗躍していた麻薬の元締めの顛末記、実に500ページを超える一大叙事詩であった。

 読み終えてからローマ教皇の謝罪を思い出した。太平洋の向こうで繰り広げられた一大惨事が、『テスカトリポカ』でありありと思い描いた景色といちいち重なってきた。
 本を読んだことで私は、海の向こうで始められた戦争を、既視の光景として蘇らせた。あの時代に起こったことを、ほんの一部であるにせよ、私は対岸の火事としてではなく、向こう三軒両隣ほどの近さで起こった史実として読み取った、気になった。

【『テスカトリポカ』煙を吐く黒曜石の鏡】

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