エッセイ「“擦り切れるほど”発表会」
昔はCDやレコードを「擦り切れるほど聴く」、VHSが「擦り切れるほど見る」といった言い方をしたものだが、今やYouTubeを何度再生しても、再生回数が伸びるばかりで擦り切れはしない。この比喩が通じなくなる日も早晩来るだろう。それでも敢えて、自らの血となり肉となり骨となったもの、これも今あまり使わない言い方で言えば「自家薬籠中の物」になっているものを紹介する場にしたい。
(そういえば昔椎名林檎がどこかの音楽雑誌で、ラファエル・サディークのことを「骨レベルで再生した」と表現していたように記憶している。そこにはそれ以上の説明がなかったので表現の真意はわからないが、おそらく私が述べようとしていることと似たような意味なのではないかと解している)
ひとつ前の記事にも書いたが、私はひとつのものにハマるととにかく繰り返し再生するタイプなので、数は多くないが、それだけ以下に紹介するものは深くハマっている自負がある。お笑い、音楽、映画、本の4項目で各1組ずつである。
①お笑い「ラーメンズ」
かつてはDVDで見ていたが、8年前から公式YouTubeで全ネタ見ることができるようになって、それからはますます、移動中でも音を流したりしている。「study」など15分まるまる暗唱できるのではないかと思う。他に好きなネタは「条例」や「名は体を表す」などであるが、これらが入っている『TEXT』や『TOWER』は、コント単体ではなく最初から通しで見るのが一番面白いので、時間のあるときは何度も繰り返し見ている。当然、戯曲集もすべて買って、線を引きながら読み込んでいる。いつかラーメンズについても何か書けたら嬉しい。
②音楽「東京事変」
どれくらい好きかを伝えるためには、北は札幌、南は広島までライブを観に行くほど、と書けば充分だろうか。一番好きなアルバムは『スポーツ』で、これが出たときの衝撃は凄まじかった。メンバー各人の活動(ペトロールズやあっぱのライブなど)にも足繁く通っている。よく東京事変=椎名林檎だと思っている人もいるが、愛好家の方は周知のとおり全然そんなことはなく、林檎さんはもちろん素晴らしいが、あの5人のバラバラな個性が1人も欠けないからこそ成立する奇跡のバンドなのである。ちなみに一期も二期も同じくらい好きだ。また活動してくれることを待ち続けている。
ちなみにこれは余談になるが、当時プログレッシブ・ロックという概念すら知らなかった私が、例えば「選ばれざる国民」の間奏部などを聴いて、「こういうのが20分くらい続く曲、作ってくんねぇかな〜」と思っていたところ、数年後にイエスの『危機』などを知り「あったじゃん!」とアナクロニックに驚くのであった。
③映画「レオス・カラックス」
カラックスがどれくらい好きかを示すには、2度顔を見たことがあり、1度は短く話もしていると言えば充分だろうか(まぁこれはただの自慢です)。もちろん映画のほうも何十回も見ており、かつて同人誌でカラックス特集を組んだこともあった。オフレコの話かもしれないが(もう時効だろう)、2022年に出たカラックス論集にも執筆を依頼していただいた。しかし体調を理由にお断りせざるを得なかった。未だに残念である。一番好きな作品は長編デビュー作の『ボーイ・ミーツ・ガール』で、あれはチョロQなんじゃないかと思っている。そのことについてはいずれ別稿を設けたい。
④本「江川隆男」
「擦り切れる」というか、造本が壊れてテープでの補修が必要になるほど読んだ本が『アンチ・モラリア』である。『超人の倫理』はすべての臍が斜めについて生まれたかわいい不良たちに送りたいエール本である。『存在と差異』以外のドゥルーズ論の一体どれが、「存在の一義性」の意義をかくも重要視し、「内包量」と「強度」を厳密に区別し得ているか(それなのになぜこの本が文庫化されずに『構造と力』が!)。新著『内在性の問題』はまだ2周しか読めておらず、読書が進みきらない原因ははっきりしていて、それはこの本がターゲットにする『純粋理性批判』と『知の考古学』そのものの読破がままならないからだ。このあたりに自分の頭脳の限界値があるようだが、それはともかくとしてカルチャーセンター講座は出席し続けて11年目になる。これからもたくさん学んで吸収し、問題提起的な人間になりたい。
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さて以上が私が「擦り切れるほど」(?)見、聴き、読んできたものたちだ。これ以外にはない。私のほぼすべてがここに詰まっていると言っても言い過ぎではないだろう。皆さんの「擦り切れるほど…」はなんですか?