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深い谷の夏

夏休み

おばあちゃん家の南の縁側で
冷たい床板に寝そべりながら
洗濯物を取り入れる背中を見つめる

背中が曲がって
亀さんみたいだと思っていた

ガラリンとガラスではない
青銅器色の風鈴が
青空を背景に鳴っている

聞こえてくるのは蝉の声と山の湧水、
おばあちゃんのサンダルの音だけ

北と南に大きい窓がある昔の家は、
北の山からの涼やかな風が南に
吹き抜けて気持ちがいい

取り入れた洗濯物が
顔の横を通り抜けた時、
太陽の香りがした

洗濯物を畳み終わると
坂道を降って観音様へお参りにいく

田んぼの緑の匂いと、山水の音
緑に囲まれた青い谷の夏は澄んでいた

観音堂のガラス戸をガラッと開けると
中からの熱い空気の塊と古い匂いが
一気に流れ出てくる

おばあちゃんは窓をガラガラと開け放ち
箒を持って掃除をはじめる
私はそこらに並んである古い本を読み始める

インディアンの黒い子供たちの絵本が、
好きだったと、なんとなく覚えている

お堂の中の掃除が終わると
回り縁の掃除がはじまり、
葉っぱがしゃかしゃかと集められる音がする

本を読み終わる頃には、
お堂の床をミシミシとさせながら
観音様に線香をあげる
おばあちゃんの姿があった

隣に並んで手を合わせる
静かな祈り

言葉数は少なくて
横顔や背中で語るような人だったけど
いつも何を祈っていたのだろう

お参りが終わるとお堂の横にある
おばあちゃんの実家へ世間話に行く
土間の壁に飾られた鹿の首に
何度行っても圧倒される

土間を見上げるとある屋根裏は
長い梯子で登るのだろう
いつか登ってみたいと
冒険心をくすぐられていた

坂道をのぼり家に着くと、
北側の裏庭にある山水で
冷やしたスイカを食べる

スイカは嫌いだったけど、
とびっきりに冷えている間は
美味しかった気がする

昼ごろになって
やっと起きてきた従兄弟と
ご飯を食べる

昼からは川遊びかな

こうやって過ぎていく
深い谷の夏休み

もうあの場所を守る人は数少ない
私の代ではもういないかもしれない

忘れ去られて行く
あの場所の夏