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魔法少女の系譜、その56~『エコエコアザラク』と口承文芸~


 今回も、『エコエコアザラク』を取り上げます。この作品と、伝統的な口承文芸の作品とを、比較してみます。

 とはいえ、『エコエコアザラク』の場合、比較できる口承文芸の作品が、ほとんど存在しません。ヒロインのミサのあり方が、あまりに独創的だからです。

 ミサは、日本の魔法少女もの史上に残るダークヒロインです。人殺しも辞しません。一人や二人ではなく、二十人や三十人のオーダーで、人を殺しています。
 しかも、彼女が人を殺すのには、深い理由がないことが多いです。正義感から、悪人を殺すこともありますが、まったく悪いことをしていない人を、気まぐれに殺すこともあります。

 ミサの殺人は、もちろん、黒魔術を使っています。黒魔女ですからね。
 魔術では、証拠が残らないので、連続大量殺人を犯していても、ミサは、逮捕されません。まったく罰を受けることなく、中学生生活を謳歌しています。
 『エコエコアザラク』の世界では、連続大量殺人犯が、野放しにされているわけです。恐ろしい世界ですね。ホラー漫画としては、確かに正しいです(^^;

 こんなヒロインは、伝統的な口承文芸では、ほぼ、あり得ません。
 口承文芸の世界では、善人が報いられ、悪人が罰せられるのが、絶対的なお約束です。
 ミサのように、大した理由がなく人を殺しておいて、罰を受けないヒロインなど、聞いたことがありません。少なくとも、人間では、あり得ません。

 女神であれば、殺戮【さつりく】を行なうものはいます。有名なところでは、インドの破壊女神カーリーが、そうですね。
 しかし、カーリーにしても、殺戮を行なう理由はあります。

 カーリーは、インドの戦う女神ドゥルガーから生まれました。ドゥルガーの分身です。
 ドゥルガーがカーリーを生んだ時、ドゥルガーは、強力な魔神の兄弟と戦っていました。「このままでは、魔神たちに勝てない」と悟ったドゥルガーの額から、カーリーが生まれました。
 カーリーは、その狂暴さをいかんなく発揮して、魔神の兄弟を倒しました。

 ところが、魔神たちを倒した後も、カーリーは、血に狂って暴れ回ります。ドゥルガーの夫であるシヴァ神―つまり、カーリーの夫でもあります―が、ようやく、彼女を鎮めることに成功しました。

 カーリーの狂暴さは、同じように狂暴な魔神たちを倒すために、必要でした。悪をもって悪を制したわけです。
 そのうえ、カーリーには、シヴァというストッパー役がいました。彼女が無制限に暴れ回って、世界を破壊することを防ぐ仕組みがあります。

 いっぽう、『エコエコアザラク』では、ヒロインのミサには、倒すべき強力な敵役はいません。ミサは、無防備な一般人に対して、容赦なく黒魔術を使います。
 彼女には、ストッパー役もいません。やりたい放題です。

 ヒロインのミサの個性だけを取ってみても、『エコエコアザラク』は、伝統的な口承文芸を、はるかに凌駕した作品です。
 昭和五十年(一九七五年)くらいになると、魔法少女ものは、完全に、口承文芸の範囲から脱します。同時期に連載された、『超少女明日香』や、『紅い牙』を見ても、わかりますよね。

 じつは、『エコエコアザラク』は、全編を通して読むと、前半と後半とで、ミサの印象がだいぶ変わっています。
 前半のミサは、前述のとおり、暗くて、恐ろしいです。いかにも黒魔女です。
 それが、後半になると、どんどん明るく、かわいく、普通の女の子っぽくなります。人を殺すことが減ってきます。普通に中学生生活を楽しむ描写が、多くなります。

 後半のミサしか知らない方が、「連載初期の話を読んで、恐ろしさにショックを受けた」という体験談を聞いたことがあります。
 後半になると、ミサが、悪人を魔術で懲らしめる話が多いです。後半には、「コメディシリーズ」と銘打って、笑いを前面に出した回もありました。
 こうなると、普通の魔法少女ものに近いですね。

 それでも、本質的には、ミサの不気味さは、健在です。自宅の庭で、黒魔術に使うための毒草を、たくさん栽培していたりしますからね。

 前半の恐ろしいミサが、破壊女神カーリーだとすれば、後半の明るいミサは、ロシアの妖婆バーバ・ヤガーを思い出させます。

 バーバ・ヤガーは、ロシアの民話に登場する、妖怪の一種です。日本で言えば、山姥のような存在です。老女の姿をしていて、森の中の小屋に棲み、人間の子供をさらって食べるといわれます。本質的には、邪悪なものと見なされています。
 けれども、民話のバーバ・ヤガーは、いつも、悪いことばかりするわけではありません。善人が、バーバ・ヤガーに対して礼を尽くすと、その人に良い魔法を教えてくれたりします。

 『エコエコアザラク』の後半のミサは、自分に対して良いことをしてくれた人には、良い魔法で報いることが多いです。黒魔女でも、礼を知っているわけです。この点、バーバ・ヤガーと共通しています。
 ミサの外見は、バーバ・ヤガーとは違って、若く美しい女性ですけれどね。

 同じ昭和五十年(一九七五年)に、『エコエコアザラク』、『超少女明日香』、『紅い牙』という、三つの「魔法少女」漫画が連載を開始したことは、示唆的です。
 この三作品を比べると、ヒロインの属性が、みごとに、くっきりと分かれています。

 明日香は、完全なる善役ですね。彼女は、非常に倫理感が強く、正義の道を踏み外しません。
 ランとソネットとは、善役にして悪役です。ランのほうは、善人なのに、古代超人類の集合無意識「紅い牙」が、彼女を通じて、隙あらば現人類を滅ぼそうとします。ソネットも、個人的には善人ですが、悪の秘密結社タロンに属しているために、悪に加担することになります。
 ミサは、もちろん、悪役ですね。本質的には悪で、時々、気まぐれに、良いこともします。

 昭和五十年代前半(一九七〇年代後半)は、魔法少女の冬の時代とか、不毛の時代などと呼ばれることがあります。この時期に、テレビでは、「魔法少女もの」の新作が放映されなかったためです。
 しかし、この時代を、魔法少女の冬の時代や、不毛の時代と呼ぶのは、間違いです。前記のとおり、四人の個性的で魅力的なヒロインが、漫画の世界で大活躍していましたから。

 今回は、ここまでとします。
 次回は、新しい作品を取り上げる予定です。



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