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魔法少女の系譜、その53~『エコエコアザラク』~


 今回は、新しい作品を取り上げます。でも、やはり、テレビアニメ作品ではありません。昭和五十年代(一九七〇年代後半)には、アニメ化されなかった漫画作品です。

 これまで、『魔法少女の系譜』シリーズで取り上げた漫画作品は、『超少女明日香』も、『紅い牙』も、少女漫画でしたね。
 今回は、少年漫画作品の登場です。『少年チャンピオン』に、昭和五十年(一九七五年)から、昭和五十四年(一九七九年)まで、連載されました。『明日香』や『紅い牙』と、同じ年に連載が始まりました。
 その漫画とは、『エコエコアザラク』です。

 『エコエコアザラク』連載当時の『少年チャンピオン』は、黄金時代でした。二〇一六年現在の『チャンピオン』と同じ雑誌だと思っては、いけません。現在の『少年ジャンプ』に当たる地位にいました。
 『エコエコアザラク』と同時期に連載されていた作品を、挙げてみましょう。『ブラック・ジャック』、『ドカベン』、『750ライダー』、『百億の昼と千億の夜』、『ゆうひが丘の総理大臣』、『マカロニほうれん荘』、『がきデカ』などです。どれも、少年漫画史上に残っている―少なくとも、ウィキペディアに、独立した項目があります―作品ばかりですね。

 『エコエコアザラク』は、上記の綺羅星のごとき作品群に並んで、人気を博した作品でした。五年間も連載が続いたばかりでなく、一九八〇年代には、続編の『魔女黒井ミサ』も連載されました。人気のほどが、うかがえますね。
 しかし、当時の少年漫画としては、異例の作品でもありました。

 まず、主人公が男性ではなく、女性であることです。ヒロインの黒井ミサは、女子中学生です。続編の『魔女黒井ミサ』では、高校生に成長しています。
 当時の少年漫画は、「主人公は男性」が、絶対的といえるほどのお約束でした。上記の同時期連載の作品を見ていただけば、わかると思います。
 その中にあって、女子中学生が主人公なのは、たいへん異例でした。少年漫画で女性を主人公にした作品として、先駆けの一つです。

 もう一つ、異例なのは、少年漫画でホラー作品であることです。
 これは、二〇一六年現在では、考えにくいでしょう。一九七〇年代ならではの現象だと思います。当時は、心霊や超能力などがはやったオカルトブームだったんですね。

 二〇一六年現在に至るも、少年漫画作品に、ホラーはほとんどありません。少女漫画誌には、ホラー専門誌がいくつも創刊された実績がありますのに。男の子って、怖いのが嫌いなんですね。

 けれども、一九七〇年代の『チャンピオン』には、『恐怖新聞』、『魔太郎がくる!!』などのホラー漫画も、連載されていました。どちらも、現在まで、名を残している作品ですね。そういう時代だったのです。

 『エコエコアザラク』のヒロイン、黒井ミサは、黒魔術を使う魔女です。彼女は、決して、正義の味方ではありません。少なく見積もっても、作品中で、五、六人以上の人を殺しています(!)
 殺されるのは、ほとんどが悪人ではありますが、殺されるほどのことをしたかといえば、大いに疑問です。少年漫画の常識から言えば、ミサはヒロインではなく、悪役となるべき存在です。

 ところが、『エコエコアザラク』では、間違いなく、黒魔女のミサがヒロインです。しかも、作品の舞台は、中世ヨーロッパとかではなくて、現代日本―リアルタイムで、一九七〇年代の日本―です。

 例えば、二〇一六年現在の『少年ジャンプ』で、リアルタイムの日本が舞台の作品で、女子中学生にどんどん人殺しをさせる作品(もちろん、端役や敵役ではなく、彼女が主人公)を連載できるかと言ったら……微妙ですよね。やるとしたら、よほど緻密な理由づけを必要とするでしょう。でなければ、ギャグにしてしまうか。

 しかし、『エコエコアザラク』には、緻密な理由づけなんて、ありません。ギャグでもありません。ミサが人を殺すのは、あくまで、「自分が気に入らなかったから」です。
 そのうえ、彼女は、人を殺しても、その報いを受けません。普通、少年少女向けの作品では、悪いことをした人には、その報いがあるものですが。
 ミサは、殺したい放題です。人を殺した翌日も、平気な顔をして学校へ通い、楽しい学校生活を満喫します。
 この点でも、『エコエコアザラク』は、少年漫画のお約束を裏切っています。

 オカルトブームの一九七〇年代にしても、『エコエコアザラク』が、どれだけ「振り切れた」作品であるか、わかっていただけるでしょう。セーラー服の女子中学生にして、恐るべきダークヒロインです。

 『エコエコアザラク』には、残酷描写やエロティックな描写もありました。特に、残酷描写は目立ちましたね。ヒトの内臓や生首も、普通に描かれました。

 人気作品にもかかわらず、『エコエコアザラク』がアニメ化されなかった理由は、容易にわかります。エロ描写あり、残酷描写ありで、人を殺しまくるダークヒロインの話なんて、一九七〇年代の日本では、絶っっ対に、アニメ化できません。

 一九七〇年代の日本に、深夜アニメなんて、存在しませんからね? そもそも、テレビの深夜放送自体が、珍しかった時代です。二〇一六年現在のように、BSやCSが存在する多チャンネル時代でもありません。
 まだ、録画機材も普及していませんから、ビデオアニメという選択肢もありません。インターネットも存在しませんから、ネット配信もできません。
 ましてや、製作費がかかる映画なんて……「アニメは子供のもの」と思われていた時代に、こんなダークな作品に、誰がお金を出すでしょうか。

 黒井ミサは、両親から、黒魔術の素養を受け継ぎました。両親ともに、優れた黒魔術師です。
 『エコエコアザラク』では、魔術師と魔女とは、同じものとされています。女の魔術師の別名が魔女、という感じです。
 ミサの周囲では、常に怪奇な事件が起こります。それは、ミサ自身が意識して引き起こしていることもあれば、そうではないこともあります。彼女は、時には正義感を発揮して、ひどい目にあった人を助けたりもしますが、些細な理由で人を殺したりもします。
 本当に、何をするのかわからない、何を考えているのかわかりにくいヒロインです。予測がつかない点が、非常に怖いです。

 怪奇事件を巻き起こして、いづらくなるためか、ミサは、しょっちゅう転校しています。
 ミサが新しい学校に転校してきて、そこで彼女が関わる怪奇事件が起き、またミサがどこかへ去ってゆく、というのが、『エコエコアザラク』のよくあるパターンです。基本的に、一話完結で、話同士のつながりは、あまりありません。

 『エコエコアザラク』という題名は、ミサが使う呪文に由来します。呪文を全部言うと、「エコエコアザラク、エコエコザメラク、エコエコケルノノス、エコエコアラディーア」となります。最初の「エコエコアザラク、エコエコザメラク」だけが使われることが多いです。
 『ゲゲゲの鬼太郎』における「ゲゲゲのゲ」のような感じで、一つの話の末尾に「エコエコアザラク、エコエコザメラク」と置かれます。

 この呪文をはじめとして、ミサは、いくつもの呪文を使います。それらは、この作品のために作られたものではなくて、実際に、儀式魔術で使われるものです。

 実際に効果があるかどうかは別として、二十一世紀の今の世でも、「魔術」を行なう人たちは、存在します。現代でも、魔術を信じている人々がいるのですね。その人々によって使われている呪文を、作者の古賀新一さんは、『エコエコアザラク』に取り入れました。
 呪文以外でも、ヨーロッパの魔女伝承や、儀式魔術の技法などが、作品に取り入れられています。

 ヨーロッパの本格的な魔術や、魔女伝承を紹介した漫画作品として、『エコエコアザラク』は、早い時期のものだと思います。これより早く、西洋魔術が登場する漫画と言えば、水木しげる御大の『悪魔くん』くらいでしょうか。
 リアルタイムで『エコエコアザラク』の連載を追っていた人には、「この作品で西洋魔術を知った」という人が、多いでしょう。
 ただ不気味、怖いというばかりではなく、その革新性も、人気を支える理由の一つでした。オカルトブームのさなかでしたから、オカルトの知識に、需要があったんですね。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『エコエコアザラク』を取り上げる予定です。




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