音声の文字化 ~速記・ワープロ・UDトーク~
北海道中失協だより(編集人 北海道中途難失聴者協会)
令和3年7月号第161号に寄稿
小林博子(賛助会員)
私は一九七八年、衆議院速記者養成所に入所した。ここから私の音声の文字化に携わる道が始まった。
話す速度で記録がとれる速記は、当時は誰もが知っていたと思う。「ああ、あのアラビア文字のような記号で書くやつね」と。
私が十代のころは月間の漫画雑誌の裏に早稲田速記の広告が載っていた。しかし、養成所は二〇〇六年に閉所、今は速記を専門に学ぶ学校もないと思う。私自身、符号は書こうと思えば書けるが、メモに使うことがたまにある程度だ。
速記の符号は五十音に対応したものがあり、さらに単語符号、語尾の符号など膨大な数だ。教程と呼ばれる原寸大の符号が書かれた教本は三百ページほど。養成所入所後三カ月でその教程一冊分を覚える。その後、五分、十分の朗読を速記で書き取り、反訳という普通文字に直す作業をひたすら繰り返し練習した。
養成所の二年時には速記技能検定一級に合格することが要求された。アナウンサーの話す速度は分速三百字前後。一級は会議・座談・講演などを単独で速記することができる程度とされ、分速三百二十字の朗読を十分、それを百三十分以内に辞書などを使用せずに反訳し、九十八%以上正確だと合格となる。私は二度目の受験で合格した。
養成所卒業後、十勝に戻り二十一歳で結婚した私は、速記の技術を生かして働く方法はないものかと考えた。ちょうどその頃、世の中にワープロが出回り始めた。キーボード入力に慣れると、手書きの数倍の速さで文字化が可能になる。作家がこぞって使い始め、速記の世界でも急速に広まった。
速記は話す速度で書き取れるとはいえ、手書きの反訳だと二時間の講演でも十倍、二十時間は要した。手書きの数倍早く文字化できることは、何より魅力的だった。
さらに、プリンターで出力された活字で納品することができる。それまでは手書き原稿をタイプに回したり活字を拾って印刷したりしていたのだ。成果品の付加価値を高めることで、講演録、議事録作成といった需要も増えた。
私は帯広で初めて開かれたワープロの展示会場へ、見るだけのつもりで足を運んだ。しかし一目惚れしてしまい、プリンターを含めると約二百万円と高価なものだったが、六十回の分割払いで富士通OASYS100Jを購入した。
OASYSは親指シフトという高速入力用に開発されたキーボードを採用しており、私も長く愛用していた。単語登録機能も駆使すると、分速三〇〇字ぐらいの入力が可能となった。
ディクテーターというテープを足で再生・停止・巻き戻し操作ができるペダルのついた機器を購入してからは、音声を速記符号で書き取ることもなくなった。聞きながらキーボードを入力すればよいのだ。
講演や座談会など、現地に赴く場合は速記で記録したが、カセットテープレコーダーで録音もするので、速記録は話者を確認するときに使う程度。速記の出番は減ったが、ワープロを使ったいわゆるテープ起こしの仕事は順調に増え、講演録や町議会など、多いときには月に二十時間分ぐらいをこなしていた。
その後、パソコンが安価になり、機能も充実してくると、ワープロ専用機での作業は、パソコンに次々置き換わっていった。依頼主に届けてもらっていた音源も、テープからICレコーダーに変わった。今では音源もメールの添付ファイルで届けられる。成果品も印刷せずにメールでの納品がほとんどとなった。
音声を文字化する方法が、速記からキーボードを使用したワープロ・パソコンへと変わってきたが、今やキーボードすら不要となりつつある。音声を認識して文字化する技術の進歩は目覚ましく、スマートフォンのアプリとなった。人間の耳で音を聞き、文章として認識し、キーボードで文字を入力してディスプレイに表示させる操作がスマホ一台で完結する。
私は今でも記録に関わる仕事に細々と携わっている。Zoomを利用したウェブ会議の記録を依頼されることもある。メールで届いた音源、リアルタイムのウェブの音源、いずれの場合も音声認識アプリUDトークを使用して文字化している。
音声の状態が良好であれば、UDトークにそのまま認識させる。音声の状態が悪ければ、リスピーク(復唱)で私の声をUDトークに認識させる。この方法で、会議終了と同時に記録もほぼ完成となるわけだ。
UDトークは誤認識が多いので使えない、全文を表示されても読み切れないといった意見が寄せられることもある。
しかし、誤認識は音響設備を利用することで解消できる場合もある。また、要約してリスピークすることで、今までの要約筆記に近い文字量を表出させることも可能だ。人間が必要な作業をせずに機械任せにしていては、どんなに技術が進んでも、使えないと言われるだけなのだ。
要約筆記も手書き、パソコンと手法が進化してきた。音声認識アプリを有効に活用し、より良質な情報保障を追究していく仲間が増えることを願ってやまないこのごろである。
参考
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