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彼の香りは私が作った

またいつもの彼の話。


私は彼の匂いが好きだ。

この匂いとは体臭の事で、男の人特有の汗と皮脂が混ざった様な匂い。

中米の血が入っているからなのか、私が近くで嗅ぎ過ぎるからなのかは分からないが、日本人よりも濃く感じる。

シャワーを浴びて香水を付け、食事に出掛けてバーで飲み、酔ったまま抱かれて翌朝を迎え彼の背中に鼻をピッタリくっつけて息を吸い込むと、香水のラストノートの僅かな残り香に彼の体臭が混ざって彼独自の香りに変わる。

その香りが愛おし過ぎて、彼の香水を帰り際にハンカチに付けて帰った事がある。

でも厳密に言うとその香水だけでは彼の香りではないのだと気付く。

ある時、彼の家に泊まり自宅に帰って洗濯をしようとパジャマを取り出した時に彼の香りがした。

ボディクリームと香水と体臭の匂いが混ざった彼独自の香りだった。

「ああ、私が求めていたのはこれだ。」とそのパジャマを鼻に当てて深呼吸をする。

彼の香りがするそのパジャマを暫く洗う事が出来なかった。

そんな彼の香りが出来た話をしようと思う。



何でもない会話

何年も前、彼が聞いて来た。

「俺の香水どう思う?」

彼がその時愛用していたのはJo Maloneのブロンズウッド&レザーみたいな名前の香水を付けていた。

その名の通り木みたいなウッディーな香りと革みたいな香りがする。

個人的には香水のトップノートに来る黒革の手帳みたいな香りが強くおじさん臭いなと思っていた。

「男らしいとも思うけど、年齢の割には渋過ぎるかなとも思うよ。似合ってるけどね。」

「そっかぁ。次は何か違うのにしたい気もするんだよね。」

そう言って、流行りのドルガバやトムフォードに変えたりしていたが、本人もしっくり来ていないらしく結局黒革の手帳みたいな香水に戻していた。


ホノルルにて

突然話が変わるが、例のウィルスで世界がガラリと変わる随分前に、私の乗務するホノルル便に彼が乗ってくれた。

(その物語を書くと長くなるのでまた別の機会に書くとする。)

私の現地の滞在時間は20時間。

弾丸旅行の如く慌ただしく過ごしたが、ワイキキで彼と腕を組んで歩くと私の鼻が新しい香りを察知した。

「あれ?香水変えた?」

「うん、旅行だから試供品の小さいやついくつか持って来た。」

「なんか爽やかで良いね。」

「そう?」

そんな短い会話だった。

夕日を見ながら食事をして夜景が綺麗なバーに行って夜は彼のホテルで一緒に寝て、朝食を食べて急いで自分のホテルへ戻った。

こそこそと部屋に戻る私は朝帰りをした大学生の様な気分だった。

夢の様な20時間だったが、帰りの満席のフライトの忙しさのおかげで夢からすぐに覚めた。

今となっては良い思い出だ。


オーストラリアの免税店にて

また話は変わってオーストラリア、ケアンズの免税店に私はいた。

コアラを抱きに行きたいと言う友人とプライベートで遊びに来たのだ。

オーストラリアと言えばAesopやUGGが有名だが、蓋を開けてみるとケアンズは田舎過ぎてそんなお洒落な物は売っていなかった。

残念だなと思いふらっと免税店の香水売り場に足を運ぶとJo Maloneが結構安い事に気付く。

「クルー割引も出来るし2つ買うと更に10%OFFよ。」

と売り場の男性ジョージが教えてくれた。

オーストラリアでイギリスのブランドを買うのも気が引けるが、彼の誕生日プレゼントに新しい香水でも渡そうとかな、と決めた。

恐らくトランスジェンダーであろうジョージに

「友達にプレゼントしたくて、彼らしい香りを探してるんだ。今と同じのでも良いけど、ちょっと変えたいみたいな気持ちもあるみたい。」

と、彼の年齢や好みを伝える。

彼が普段使っている香水やボディクリームを伝えて嗅いでみるも、本当にその商品であっているのか不安になる。

するとジョージは

「体温とか皮脂と混ざって独特の香りになるから、全く同じにはならないかもだけど…僕も同じ男だから再現してみるね!」

と言って、彼が使っているであろうボディクリームに黒革の手帳香水を二の腕の内側に重ねた。

「どうかな?」

5分位してからジョージの胸元を嗅ぐと、ほとんど彼の香りになった。

「そうそう!この香りだよ!」

と興奮する私の様子を見て、ジョージはニヤリと笑いながら言った。

「それって友達じゃないね?YOU、相当彼の事を愛してるんだね。OK、素敵な香水を探そう。」

「でもこの革の香りが彼にはまだ似合わないと私は思っていて、もう少し若々しい爽やかな雰囲気が似合うと思うんだよね…」

と伝えるとジョージは言った。

「ボディクリームと重ねるのも素敵だけど、僕みたいな上級者は2種類の香水を重ねるんだよ。そうすると時間が経つにつれてもっと複雑な香りになってオリジナリティが出るんだよ。」

ジョージはプロフェッショナルだと思った。

日本の販売員のお姉さんはこんなアドバイスはしてくれないし、私の恋の応援もしてくれないだろう。

そこから鼻が馬鹿になる度にコーヒー豆の香りを嗅ぎながら、ジョージの身体のあらゆる場所に香水を重ねついに運命の香りを探し当てた。

ラッピングが終わる頃、飛行機の搭乗時刻が迫っていた。

ジョージが「Good Luck!」と、私の幸運を祈って見送ってくれた。

後から知ったのだが2本の香水のうちの1本は、偶然にもホノルルで彼が試供品で付けていた物だった。

偶然ではなく、鼻が思い出を求めて探し当てたのかもしれない。

あの夢の様な20時間をその香りは思い出させてくれる。

彼の香りが誕生した経緯を彼自身は知らないだろう。


誕生日

万を期して彼の誕生日がやって来た。

「前に香水変えたいって言ってたから、〇〇さんに似合いそうな香りを選んだんだ。2種類重ねるのって上級者なんだって。複雑な香りになって誰とも被らないと思うよ。」

「へー嬉しい。ありがとう。」

そう言って彼はその日から香水を変えた。

「自分に似合う」「上級者」「誰とも被らない」のパワーワードがお気に召した様だ。


翌朝、彼の背中に鼻をピッタリくっつけて深呼吸をした。

凄くしっくり来た。

私が選んだ彼に似合う香りに、汗と皮脂が混じり体温で温められて香って来る。

ホノルルでの思い出やオーストラリアで彼の事を思いながら鼻を馬鹿にした思い出に、彼と会う度に作られる思い出がどんどん重なって行く。


バーにて

彼の行きつけのバーの常連女性(銀座のママ)が言った。

「〇〇さんの香水ってJo Maloneのどれですか?今日お店で当ててみようと思ったけど分からなくて。」

「俺の香水は2個使いなんですよ。多分当てられないと思いますよー。ね?」

彼は私に目配せをして自慢気に言った。

私がプレゼントをした事を忘れたのか、さも自分で選んだかの様な言い方をしていた。

彼が気に入って自分のものにしているのは良い事だと思い、私は敢えて何も言わなかった。


そして現在

「おとちゃん、準備出来たよ。飯食いに行こ。店閉まるの早いから早く。」

そう言いながらいつもの香水を重ね付けしてジャケットを羽織った。

「待ってー」

彼を追いかけて玄関に向かう。

「相変わらず良い香りだね。」

そう言って彼の香りを吸い込みながらするりと腕を組む。

「もうこの香りが俺の香りって皆んな認識してるからなー。」

と早歩きで歩きながら彼はつぶやき、話題を変えた。


心の拠り所

彼の言う「皆んな」は「抱いた女」である事は私も薄々分かっている。

それよりも私が選んだ香りをまとっている事の方が優越感なのだ。

付き合ってなくても、本命になれなくても、彼が日替わりでキャバクラの女の子を抱いていようとも、そう言ったささやかな心の拠り所があるから私は11年経った今でも彼を好きだと思えるのかもしれない。





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