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ある定食屋にて

 ずっと記録しておきたかった『感性』があります。それはなかなか感じることのできないものだったので、拙いながらにも、せめて『言葉』として残しておこうと思います。


 分かってはいたものの、4月はやはり仕事に追われました。残業が極端に増えたということはないですが、イレギュラーもたくさん起きて、疲労困憊の日々でした。いつもであれば、仕事帰りにジムに行って40分ほど汗を流していたのですが、その気力さえありません。

 家に帰ってソファーに座ろうものなら、すぐに寝てしまうから、一度も座ることなくシャワーを浴び、そのまま寝るという日々でした。

 夜ご飯を食べずに過ごすこともありましたが、最近は食くらい楽しみにしようと、いろんなところに食べに出かけています。とはいえ、ほとんどは迷うことのないチェーン店ばかりです。食べることは大好きですが、特にこだわりがあるわけではなく、チェーン店のご飯であろうといかに安かろうと『旨い、旨い』と満足していました。


 この土地にやってきたのは就職がきっかけで、たまたま配属がこの街でした。仕事帰りに通る場所に小さな定食屋さんがあります。以前から何度かお邪魔したことはありました。老夫婦がお二人で経営されるあたたかい空間です。財布に優しい値段で、美味しいごはんを食べられるお気に入りのお店でした。


 久しくお店に行ってないことを思い出し、この4月に来店しました。
 すでにお店には若い男性衆がいました。いやでも話が聞こえます。それはお店がこじんまりとしているからか、男性の声が大きいからか、言及する必要はないかと思いますが、その両方が当てはまると思います。ただ私にとっては話が聞こえてくることに嫌悪感はなく、むしろ他人の人生を垣間見させてもらえる感覚で、ワクワクとドキドキがありました。
 聞こえてきた限りでは、その男性衆は夜のお仕事をされていて、これから出勤だということでした。ただ、イメージに反して、女の子に対して真摯な態度で向き合っているという内容ばかりでした。勝手なイメージで、女をたぶらかしているのかと思っていましたので、少し申し訳ない気持ちにもなります。彼らは気になる子の話で盛り上がり、これからどのようにアプローチしようかと真剣に悩んでいる様子です。
 楽しげに会話をした後、彼らはまた元気よく挨拶をして、お店をあとにしました。


 仕事ばかりの日々は『毎日の繰り返し』でしかなく、面白みが欠けていくのですが、こんな話を耳にすると、その非現実感に浮ついてしまいます。そんな満足感を抱いたと同時に、私の腹も満たされていきます。


 『お会計お願いします!』と、私も残りわずかの元気をつかって老夫婦に声をかけました。すると、

 女性『すみませんね、騒がしかったでしょ』
 男性『ゆっくりできなかったでしょ、ごめんね、ありがとう』

と声をかけられたのです。私は全くそんなことを考えていなかったのですが、その少しの気遣いに心温まる思いでした。

 『いえいえ、そんなことないですよ!ご馳走さまでした!美味しかったです〜』

と自然に言葉が生まれ、疲れた一日の終わりとは思えないほど、心癒されていました。

 うしろ髪ひかれる思いで、扉をあけると、また老夫婦からこんな言葉を受け取ったのです。

女性『ありがとうございました またおいで
男性『ありがとうございました お疲れさま

 この『またおいで』と『お疲れさま』。
文字数がこんなに少ない言葉にもかかわらず、なんだか心を鷲掴みされたようでした。

 『想い』を伝えるというのは、難しい言葉を駆使することでも、長々と伝えることでもない。短くても伝わるものがある。
 ただ、そのときにそんなことを思えたのではありません。その言葉を聞いたときには、ただただ「今日を頑張ってよかった」「明日も大丈夫」そう思うのみです。その出来事をきっかけに、人の心を突き動かす『言葉』に感動をしたのです。

 きっとこの老夫婦もお疲れであるだろうに、労ってくれる優しさ。きっと誰よりもその『疲れ』を知っているからこそ、言葉に『あたたかみ』が帯びる。
 そんなことを考えた出来事です。


 人に言葉を伝える立場として、忘れてはならない感性を思い出させてもらいました。いつか私もその『あたたかみ』を人の人生に添えられるようになりたいと夢見て。






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