正しい欲ってなんだろね
「本書は作家生活十周年記念の書き下ろし作品です。」
朝井リョウさんの「正欲」、自分がいかに型にかまった考え方しかできないのかを考えさせられる作品だった。
朝井さんのコメント「生き延びるために本当に大切なものとは何なのだろう」。この問いの正解が本に載っている、とは言い切れないけれど、ヒントは載っている。
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以下ネタバレ要素含みます
「自殺の方法を一度も調べたことのない人の人生は、どんな季節で溢れているのだろう。」
「無事死ぬために生きてるって感じだよね」
桐生夏月の言葉。世間から白い目で見られる性癖を持って、自殺しようとしている同級生の部屋に行った時の言葉だ。
好きな異性ができて、恋をして、SEXをする。
ここからはみ出た人は「ちょっと変わった人」と見られる。
最近はLGBTQの浸透で見られ方は変わったけれど、「あの人○○なんだって」という噂や風当たりはなくならない。「ちょっと変わった人」は大抵、自分の心の領域に侵入されることを拒む。
私もそうだから。
私は恋愛感情での「好き」がわからない。性欲が湧かない。
友達としての好きと、恋人としての好きは違うらしい、と気づいた時の衝撃。世間から取り残されたような悲しさ。自分は一生味わうことのできないことへの虚しさ。
今付き合っている人も、今まで付き合ってきた人にも、何度も説明してきた。「ごめんね、性欲が湧かないの」。
その度になんで謝らないといけないんだろう、私が何か悪いことをしたのだろうか、と思った。求められても対応できない悲しさと、できないから別れられても仕方ないという諦め。
性欲が湧かない、ということは好きな人の要望に応えられないことでもある。大抵の人は恋人とSEXしたいだろうけど、私はしたくない。一緒にキャッチボールとか、映画を見たりだとか、そういう風に過ごしたい。
SEXしたい恋人と私。ここで恋人と摩擦が起きる。
上手く話し合うことは稀で、大抵我慢してその時間を乗り切る。
恋人を悲しませたくないから。
我慢に我慢が重なって、無理すると消えたくなる。期待に応えられない自分が嫌だ。小一時間くらい、乗り切ればいいのに、できない。「ごめんなさい」と謝るしかない。普通じゃなくてごめんなさい、期待に応えられなくてごめんなさい、我慢できなくてごめんなさい。
夏月と佳道の結婚生活がうらやましい。二人とも水に興奮を覚える性癖で、お互い自立して結婚生活を送っている。お互いに手を組んで、一緒に生き延びている。一日一日大切にしながら。
佳道が児童ポルノで逮捕された時に、お互い「いなくならないからって伝えてください」と言う。いなくならないから、帰ってくるから、待っていてね。「無事死ぬために生きてるって感じだよね」と話していた夏月が少し佳道に対して仲間意識を持っていると分かるシーンで、この本の中で一番好きなところだ。
「いなくならないから」には「いなくならないから待っていてね」と「いなくならないから安心してね」の二つの意味がかかっていると思う。二人の共同生活におけるルールの「自殺しない」に合わせて。
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「どうしたって降りられない世界で、あなたに遭えて、よかった。」
本の帯の言葉。「会えて」でも「逢えて」でもなく「遭えて」。
悪い意味の時に使うイメージの「遭えて」は、逮捕された時のグループのことを指していると思う。
水に興奮する性癖の三人が集まってしまって、結果児童ポルノで捕まってしまったこと。
捕まっても、同じ性癖の人がいると分かったことへの安心感。
本の帯は編集の方とかが書いている可能性が高いけど、そしたらかなり言葉が好きな人だな、と思う。漢字一つでここまで推測できる楽しみをありがとうございます。
朝井さんの作品の中でも、かなり読み応えある作品。色んな人の意見を聞きたいと思った。