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透明な病と生きる 自律神経失調症 第2章 ”地獄を見れば、心が燥く”

第1章はこちら 透明な病と生きる 自律神経失調症 序言~第1章 ”炎の匂い、染みついて”|月 (note.com)

第2章 地獄を見れば、心が燥く

私が復帰した後、私の病気のことも先輩の病気のことも、原因を明確に立証することができず職場に問題があるとは言えませんでした。なので病前と比べて特に扱いが変わるわけではなく、また元のように働き続けることになりました。
あとになって考えれば、病気をきっかけに「もう限界だ!こんな職場辞めてやる!」と言えば通ったのではないかと思いますが、少し後に別の先輩も退職され、自分が辞めるに辞められない状況になったのです。欠員補充で後輩が若干名入ってきましたが、先述の業務体制に加えて難しい業務もあるため、育つまでに時間がかかります。後進の育成という課題も加わり、加速度的にストレスは増えていったのだと思います。

それから2年ほど経ったころだったでしょうか。その日は前触れもなくやってきました。

ある休日、私は県外の知り合いに会うために車で出かけていました。その知り合いは、それまで趣味を通じてSNS上でそれなりに交流はありましたが、実際に会うのはその日が初めてでした。

その道中、運転しているとき突然に急激な吐き気に襲われたのです。

何か変なものを食べたわけでも、食べ過ぎているわけでもない。自分で運転して車酔いすることはないので、それでもない。全く原因が思い当たりませんでした。しかし吐き気がするだけで吐くわけではなく、しばらくするとある程度治まり、なんとか目的地までたどり着くことができました。
その後知り合いと合流して夕食を共にしたのですが、食べ始めてからまた弱い吐き気を催し、あまり食べることができませんでした。食事会が終わり、帰り道では特に症状は現れずに家に戻りました。結局その症状がなんだったのか、その時にはわかりませんでした。

その少し後のことです。いつも通りに職場に行き、業務が始まって少し時間が経ったとき、再び同じような急激な吐き気に襲われたのです。それは猛烈な吐き気であり、急いで業務をキリのいいところまで済ませてトイレに駆け込みました。この時も、実際に嘔吐するわけではなく吐き気に苛まれ続けましたが、前回とは少し違うところがありました。

首を内側から絞められるような、食道と気道を直接素手で握られているような、それまで味わったことのないような苦痛。

嘔吐寸前のような強い悪心とギリギリ呼吸できるような息苦しさ。それが何十分も続き、トイレから出ることができませんでした。
しばらくした後、なんとか動ける程度になってきて仕事場に戻りましたが、業務はとても無理だと思いその日は早退しました。家に帰ると症状は徐々に改善し、翌朝はまたいつも通りに出勤しました。

職場に着き、制服のある仕事だったので制服に着替え、始業準備をし、定刻に朝のミーティングを始める―そんな日々のルーティンに沿って、業務が始まったその時です。
再び前日と同じ吐き気と首を絞められるような症状に襲われました。その日もしばらくトイレから出られず、少し落ち着いたところで仕事場に戻るも再度症状が強くなり、結局早退せざるを得ませんでした。さすがにこう何度も症状が続くとどこかがおかしいと思い、消化器の問題なのか何なのかよくわからなかったので、とりあえず内科の病院を受診してみました。その病院では東洋医学も取り入れている先生が診てくれたのですが、症状を聴取されて特に診断名は言われず、これ飲んでみて、と漢方薬が2つと精神安定剤2つが処方されました。

ん?精神安定剤?

漢方の一つは吐き気など消化器症状に効くもの、もう一つは半夏厚朴湯といって、神経性食道狭窄症に効果のあるものでした。今から少し前に「のどのつかえ感に効く」とCMで流れていたアレです。内側から首を絞められるような感じは異物感、つかえ感と表現されるべきものだったようですね。
さて、もう一方の精神安定剤は処方された理由はよくわかりませんでしたが、出されたものなのでとりあえず飲んでみることにしました。
その翌日も、出勤するときは何ともなかったので普通に職場に行き、いつも通りに業務を始めました。すると、その日は前日までの症状が出なかったのです。決して体調は良い感じはしませんでしたが、なんとか業務を終えることができました。
調べてみると、精神安定剤というのは抗不安作用、鎮静作用などがあり、自律神経に対しては過度に興奮した交感神経を鎮めることでバランスを整え、症状を和らげるというものでした。
そこにきて初めて、自分の症状は自律神経の問題に由来し、「自律神経失調」といえるものであることがわかったのです。
余談ですが、序言で書いた通り自律神経失調症は総称であり、明確な単一の病名ではないので、お医者さんは診察の場であまり明言されないのが通例のようです。

それ以降は一定期間薬を飲み続け、ひどい症状が出ることはなく過ごせました。
もうトイレの守護神にならなくていい。
 
しかし「ストレスがなくなった」というわけではありません。
ストレスがある限り、交感神経はそれに反応して興奮状態が続きます。働いている中でまた症状が出そう、というタイミングは幾度となくあり、その時には屯用で安定剤を飲むことで対症療法的に凌いでいました。
そう、「薬がないと生活できない」状態になっていったのです。

まあそれでも薬があればなんとかなる、働けるし生活できる。もう治ったようなものだ――― 
そう思ったのも束の間、そこはまだ地獄の入り口でした。
私はさらに地獄の奥深くへと足を踏み入れることになるのです。

第3章へつづく

透明な病と生きる 自律神経失調症 第3章 ”ゆらめく影は、甦る悪夢” 前編|月 (note.com)

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