『世界標準の経営理論(20章「認知バイアス」、21章「意思決定」)』 入山章栄 著 ~企業のダイバーシティ推進担当の本棚紹介⑫~
なぜこの本を読んだのか
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ダイバーシティ推進の仕事をする前から愛読している本です。
仕事の役に立ちそうか
みんな知ってると思いますが(断言)、この本はとても仕事の役に立ちます! 主要な経営理論30を体系的に解説している、厚さ6センチ(目分量)全800ページのとんでもなくコスパの良い本です。
ダイバーシティについて直接触れている個所は少なく、かつその少ない記載部分でも「ダイバーシティ経営は難しい(ネガティブな影響があることも多い)」と書いてあったりするので、わかりやすくD&Iの背中を押してくれる本ではないのですが、今回あらためてダイバーシティ推進の観点で読んでみて、この本に盛り込まれている知見をどう活かせばいいかをまとめてみました。
仕事向けの備忘にしたい点:「第20章 認知バイアスの理論」から
人には認知バイアスがある。認知のバイアスはその後の意思決定にゆがみを生じさせる。認知バイアスは時に悲惨な結果を招く
例: ポラロイド社経営陣の認知バイアス。成功していたビジネスモデルに都合の良い情報だけを優先して認知してしまい、デジタル製品への投資が遅れ最終的に経営破綻個人レベルの認知バイアス
例: ハロー効果、利用可能バイアス(記憶している情報のうち、より想起しやすいものを引き出して、それに頼ってしまう)、対応バイアス(本質の理由ではないところに、原因を紐づけてしまう)、代表制バイアス組織レベルの認知バイアス(組織がもつバイアスではなく、組織に所属する個人が持つバイアス)
社会アイデンティティ理論: 組織への帰属意識のバイアス。「私は〇〇社の社員だ」「私は〇〇大学出身だ」「私は〇〇県出身だ」など、社会グループのどこに属すると認識するかについての認知バイアス。
例)新興国の経営者は、「自分が自国を代表して先進国企業を買収している」認知バイアスが働き、高いプレミアムを払ってでも買収を完遂しようとする社会分類理論: 組織の中で、人が他者を無意識にグループ分けする認知バイアス。グループ分けをしたうえで、自分と同じグループの人に好意的な印象を抱くバイアスは、「イングループ・バイアス」。
ダイバーシティ経営における2タイプ
タスク型の人材多様性: 知見・能力・経験・価値観などの面での多様性(目に見えにくい)
デモグラフィー型の人材多様性: 性別・国籍・年齢などの側面での多様性(目に見えやすい)
経営学の実証研究の総論としては、「タスク型の多様性は組織にプラスの影響」、「デモグラフィー型の多様性は組織にプラスの影響を及ぼさない。場合によってはマイナスの影響を及ぼすこともある」。
前者の理由は、「知の探索(既存の知と知の新しい組み合わせ)」につながるから。後者の理由は、イングループ・バイアスにより、組織内のグループ間で軋轢が生じ、交流が滞るため。
Attention-Based Viewの考え方
・企業は、人の認知の集合体
・企業の意思決定・行動は、その意思決定者の限りある認知アテンションを、企業内外のどの諸問題にどのくらい分配するかに影響される
・認知のバイアスは、経営者を取り巻くメンバー編成にも強く規定される
以上から、組織のメンバー構成をうまく組むことにより、個人(経営者)の認知バイアスが抑制できる可能性がある。ひとりひとりのもつ認知バイアスは一方向だが、多様な人材のチームであれば、アテンションの方向も多様になり、総体として客観的な判断ができるようになる。
仕事向けの備忘にしたい点:「第21章 意思決定の理論」から
人の意思決定には、大きく2種類ある。
①「早く、とっさに、自動的に、思考に負担をかけずに、無意識に行われる意思決定」。ヒューリスティック(heuristic)や直感(intuition)による意思決定。→ 認知バイアス大
②「時間をかけて、段階的に、思考を巡らせながら、意識的に行う意思決定」。論理的思考・推論。→ 認知バイアス小
従来の行動意思決定論のスタンスは「人はできるだけ直感による意思決定(下記①)を避けるべき」、というものだった。しかし近年の経営学(および認知心理学、神経科学)の研究成果では、直感・ヒューリスティックは、むしろ時によっては意思決定にプラス、という主張がでてきている。不確実性の高い世界では、直感は熟慮に勝る(ことがある)
将来予測のエラー度=(バイアス)^2+(ヴァライアンス)+(ランダムエラー)
※ バイアス=認知バイアス
※ ヴァライアンス(varaiance)=過去の経験や情報収集などにより得られた変数が、将来の予測にはどれだけ使えないか
※ ランダム・エラー=外部からの予想外の変化バイアスとヴァライアンスは、トレードオフの関係にある。
バイアスを減らそうとすればヴァライアンスが増える。例)慎重に時間をかけて考えるほど、「実は使えない」変数を多く引きずったまま予測するので、予測エラー度が高まる。
シンプルで直感的な思考をするとバイアスは増えるが、(シンプルなので)情報変数が少なく「使えない変数」が入り込む余地がなく、全体予測エラー度を下げる。つまり、「バイアス小・ヴァライアンス大(論理的思考)」をとるか、「バイアス大・ヴァライアンス小(直感)」をとるかの二択になります。もし意思決定者の直感・ヒューリスティックが、その人の様々な経験に裏打ちされたものであれば(玄人の勘)、後者が良いということ。
認知バイアスにどう対処するべきか?
ここからは、今までの内容を私なりに咀嚼したものです。
ダイバーシティ推進の仕事をしていると、認知バイアス(アンコンシャスバイアス)はほぼ敵認定となりますが、一方で認知バイアスをゼロにすることは不可能でもあります。
認知バイアスが減るように個々人で努力する、しかしより本質的にはチームの力で乗り越える、というAttention-Baase Ⅴiewの考え方はめちゃくちゃ現実的で力強い方針です。不確実性の高い環境下においては、良いチーム(チームの多様性、メンバーのスキルや経験の豊かさなど)であれば、直感に基づくスピーディーな意思決定が有効、とのことですが、これは「アンコンシャスバイアス」を軽視してよいということではありません。多様なメンバーのいる組織であれば、メンバーの思考や価値観が意思決定者のアンテンションに影響しているため、認知バイアスによる致命的な判断ミスを犯しづらい、という前提があって初めて成り立つことです。
つまり、「意思決定者のまわりには多様性が必要。同時にその多様性が「イングループ・バイアス(≒グループ間の分断)」を生まないようにしなければならない」ということだと理解しました。
最後の「イングループ・バイアス」を生じさせないチームの状態、については、本書「世界標準の経営理論」の18章「リーダーシップの理論」が参考になると思うので、別のポストでご紹介したいと思います。