
忘れもしない日 ~人生のターニングポイントvol.3~ 告知後から切断まで(後半)
1月19日から日記をつけ始めます。
1月23日に、転院
1月26日に、切断の手術
この、約1週間の長さは、
今まで生きてきた中で、最も長く感じた1週間
だったように思います。
1月19日 21時 強い痛み止め投与(たぶん、モルヒネ系だったと思う)
1月20日 3時 痛みで目覚める 体温39.6° 痛み止め服薬
4時 痛みで起きる
5時 強い痛み止め投与
6時 体温40.0°
7時30分 体温40.2°
13時 強い痛み止め投与
16時30分 脚の洗浄(麻酔をしてから)
18時30分 目覚める
この日から、エアーマットとポータブルトイレに変更になる。
1月21日 2時 急激な悪寒を感じ目覚める。
3時30分 脚のしびれが強く、痛い
3時41分 痛み止め投与
4時40分 痛みで目覚める。体温39.1°
午後 血管造影検査のため、導尿の管を挿入
血管造影検査を受けての感想としては、局所麻酔をしたにも関わ
らず、造影剤が入っていくと腰から下部にかけて、痛みと熱感が
あり、とてもつらかった。
21時 導尿の管抜去 ← これも痛いんよね。
1月22日 4時 目覚める
いつも、4時から5時の間に足が痛くてつらくなる時間帯
6時 体温39.6°
18時10分 脚の洗浄より目覚める。 体温39.0°
この日は、外は吹雪で雪が積もっていた。
母親が、ここの病院にこのまま入院させていたら、
死ぬんじゃないかと思い、
主治医に転院の話をしたらしい。
主治医は、すぐには、転院を認めなかったようで、
母が色んなところに電話をして、やっと転院先が見つかったらし
いです。
この時、MRSAに感染し、敗血症になりかけていたらしい・・・
1月23日(金) 午後より転院する。
転院した病院の主治医が、私の脚をみて、
「なんでこんなになるまで、ほっといたの!」
「すぐにでも、切断しないと命に関わる。
週明けに切断するから!」
「いいね?」
私は、
「このきつさが無くなるなら、すぐにでも切ってください」
「お願いします」
それから、すぐにICUへ入ることになった。
体にはいろんな機械を付けられ、口には酸素マスク
そんな状態で手術日を待つ。
この時は、常に熱が40度を超えていて、よく覚えていません。
日記も書けていません。
ただ、さすがに、手術前日は、
怖くて怖くて、どうしようもなかったのを覚えています。
1月26日(月)
14時から手術の予定でしたが、前の手術が伸びて、待てども待てども呼ばれない。
はやく、切り落としてくださいと思っていました。
手術は、右下腿切断の予定で始まりました・・・
1月27日早朝目が覚めて感じたことは、
『あれ?脚切断した?脚がある感覚があるんだけど?』
と思っていました。
そこに、主治医が来て、一言目に
Dr:「矢野君、ごめん」・・・
私:『?』
Dr:「膝・・・残せなかった」
私:『?』
私:『膝?・・・屈曲・伸展しかないから・・・まー大丈夫か・・・』
私:「先生、大丈夫ですよ(笑)」
のちのち、膝の大切さを知ることになろうとは、この時は、知る由もなかった・・・
この手術中に、膝まで感染症に侵されていることがわかり、母親が呼ばれ、
このまま膝を残すかどうかを問われたとのことでした。
ただ、膝を残したら、もしかしたら、また手術をすることになるかもしれないとのことで、
母親は、これ以上は、きつい思いをさせたくないと
「膝の上で、お願いします」と頼んだとのことでした。
私は、手術が終わり目を覚まし、日記を書いておこうとページをめくりました。
そして、号泣します。
そこには、父親からの言葉が書かれていました。
しょう太へ
今日はよく頑張った。おつかれさま。
14時から手術と聞いていましたが、一日、君の事を思って仕事に手がつかなかった。
誰もが言うように、君は生かされているのです。
日本一の作業療法士になる為には、いろいろな試練があるのだと思います。
その最大の試練が今回の事でしょう。
いたみ(心も含めて)、そして悲しみがあるからこそ喜びがあります。
君がこれから接するであろう患者さんの
いたみや不安、そして悩みetc、
それらの事をすべて君は己が体で体験しました。凄いことです!
くよくよしたっていい、泣いてもいい
ひと月に三回も手術で頑張ったのだから
少し休憩です。
ゆっくり休んで
若干遠まわりになるけど
目標に向かって進みましょう。
私たち家族はもちろん、まわりの人たちも、
心配の反面、君の頑張りに励まされているのだから。
最近字を書かないので漢字が出て来ません。辞書を見ても字が小さくて読めません。
なさけない今日今頃です。
乱筆乱文失礼!
2004.1.26 23:00 根性なしオヤジより
(原文ママ)
この父親からの言葉に何度助けられたことか、どんなにつらい時もこの手紙を読めば、
つらく思わなくなる。
魔法の言葉です。
ちなみに、切断した1月26日は、母親の誕生日という、親不孝なやつです。