頼れる人
実家暮らしの大学生なぼくは、アルバイトをしなくても困らない。でも時間は有り余ってるし、服もどうせなら沢山買いたいからバイトをしている。ラブホでバイトを始めてから結構経ったので、そこでの話でも書いていこうかと思う。
うちのラブホでは、清掃とフロントと2つの役職がある。清掃はその名の通り清掃をする。フロントは、お客様からの電話対応や料理、皿洗いなどだ。そしてうちでは"はがし"という、お客様が退出されたタイミングで部屋に入りゴミを集めたりシーツや枕カバーを剥がたり、お風呂を清掃しやすい形にしておくこともフロントの仕事の一つだ。
フロントはいつお客様から電話がかかってくるか分からないし、単純に覚えることも多く、イレギュラーな事案も起こるため、パッと見ではフロントの方が大変そうに感じている人の方が多い。しかしぼくとしてはフロントの方が何倍も楽だ。清掃は2人1組で動く。対してフロントは基本単独行動なため、相手に合わせるということをしなくて済む。清掃はきっちり休憩も取れるし、清掃部屋が無くなったら早く上がれるという良い点もあるが、ぼくはあまり人間関係を築くのが得意ではないため、フロントの方が何倍も気が楽だ。
ついこの間、フロントで入っている時に火災報知器が鳴った。夜勤組は日中に別な仕事をしている人がほとんどなため、清掃の一人の人がまだ来ていなかった。
自分の仕事を全てやり終えたぼくは、清掃のおっちゃんにベッドのシーツ貼りだけ手伝ってくれと言われ、その日はめちゃめちゃに暇だったためむしろ喜んで手伝った。清掃中の部屋を半分ぐらい空室状態にしたところで「とりあえずタバコ吸おうぜ」と誘われ、ぼくも丁度吸いたくなっていたためありがてぇと思った。2人でタバコを吸いながら他愛も無い会話を繰り広げていると急に、「ガシャバジャゴーン!」みたいな派手な音が聞こえた。その時は「どっかに車ぶつけやがったな」と思った。だがその一瞬後に爆音で火災報知器が鳴り出した。「1階で火災が発生しました。」みたいなやつ。うるさ過ぎておっちゃんの声も聞こえないぐらいだったが何とか聞き取り、とりあえず2人で事務所に戻り警報を止めることにした。お互い最後にタバコを精一杯吸い込み吐き出しながら階段を駆け上がった。事務所に戻り、警報器を何とか止めると、「火災の恐れがあります。ただいま確認中でございますので、次の警報をお待ちください。」とこれまた爆音で流れた。とりあえずまた下に戻り、1階の入口と駐車場を見て回った。特に異変はなかったため、また事務所に戻り、「火災はございませんでした。」の放送を爆音で流した。
これで一件落着かと思ったが、部屋の鍵が一斉解錠となっており、どうやっても鍵を閉めることが出来なかった。それに対応すべきなのはフロントであるぼくなのに、おっちゃんも説明書を読みながら必死こいて鍵の閉め方を探してくれた。なんとか一斉解錠時の対応のページを見つけたぼくらは鍵を閉めることが出来た。とりあえずこの事を、2ヶ月は来ていないしなんならぼくはまだ会ったことのないマネージャーに電話しておくことになった。フロントとしてぼくがかけるべきかと思ったが、「俺がかけようか?」とおっちゃんが言ってくれたため、電話をおっちゃんに託し、もう一度だけ1階を見て回ることにした。やっぱり火事も異変も何もなかった。事務所に戻りおっちゃんとマネージャーとの電話を黙って聞いていると、おっちゃんの話し方がテキパキと能率的で、説明すべきことを端的に話していた。「ぼくにはこんな上手いこと出来ないや」と思った。
真の一件落着をしたところで、またおっちゃんとタバコを吸いに行った。「もしかして俺らの煙じゃねぇよな?笑でも扇風機つけながら外に煙吐いてたしそれはないか!」とか話しながら流石に焦ったとお互い何度も口にした。「俺らもめっちゃびっくりしたけど、1番びっくりしたのはお客様だよな。申し訳ないことしたなぁ。」とおっちゃんが言った。そんなことぼくは考える余裕がなかった。すげー尊敬した。「俺らは次鳴ったとしても止め方覚えたから、そういう意味では良かったかもな!」とも言った。ぼくは、「なんでぼくがフロントの時に限って鳴るんだよ」とか「運悪いな」とか思っていたのに、おっちゃんはとてもポジティブでかっこよかった。
お互いにまだ休んでいたいって気持ちが強かったため、もう少しの間タバコを吸っていようということになった。そこにもう1人の清掃の人が来て大変だった話をしてぼくは事務所に戻り、それからは各々の仕事をこなした。退勤する時にまた2人でタバコを吸っていたら、もう1人の清掃の人に火災報知器が鳴った時の対処の仕方をおっちゃんが教えていたらしく、でもその人は「俺は清掃でしか入らないしやらないから別にいいよ」みたいなテンションのことを言っていたらしい。それに対して「誰かがやるからいいみたいな考え方の人って嫌なんだよな。もしお前が1人だったらどうすんだよ。」とか軽く愚痴っていた。でもおっちゃんは、決して美辞麗句を労したいわけではなく、素直にそんなタイプなんだろうなとぼくは感じた。「俺は責任を負いたくないからフロントやらないんだよね。無責任でいられる方がぶっちゃけ楽ではあるじゃん。こういう考え方ってよくないかもしれないけど笑」と言っていてぼくと同じ考え方だった。ぼくも責任を負ってしまった以上しっかりとやりきりたい派だ。だからこそ責任を重く捉えてしまうため出来るだけ責任から逃れようと生きている。この考え方はずっとズルいんじゃないかって思ってたけど、おっちゃんをリスペクトし過ぎているぼくは、おっちゃんのおかげで少しだけ自分に自信を持てた。
家に帰って来ても眠れなかった。あの時は、ディズニーの帰りとか文化祭終わりみたいな特別な日だったというワクワク感なのか恐怖に近いドキドキ感なのか分からないが心臓の鼓動は家に帰ってもずっと早いままだった。マジでおっちゃんがいなかったらヤバかった。もし自分以外にもう1人の清掃の人しかいなかったらと思うと想像に容易くヤバい。マジでおっちゃんがいてくれて良かった。
殆どの社会人はこんなに頼れる人たちなんだろうか。自分が先輩という立場で頼られる人間になれるだろうか。また1つぼくの生きる上での不安事が増えた。